永遠に語り継がれる物語3

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永遠に語り継がれる物語3

 八百比丘尼のもとを辞した後、ぼんやり考えごとをしながら幽世じゅうをさまよった。 行く当てもなくフラフラ歩いているうちに、ある場所にたどり着く。  幽世の町から少し離れた場所にある小高い丘。かつて東雲さんと星を観測して、水明とネモフィラの花畑を眺めた場所だ。春が花盛りのネモフィラは枯れていて見る影もない。枯れ葉を踏みしめながら丘へ上った。 「……綺麗な葡萄色」  頂上に座って空を見上げる。幽世の空は秋らしい紫がかった色をしていた。遠くから深紅に染まり始めているのがわかる。冬はすぐそこだ。ふう、と吐いた息が白く染まった。 『東雲さんがなりたいものがなにかはわからないけど、それになれるよう応援する!』  無邪気に義父と過ごせていたあの頃が懐かしい。 「小説家になりたいのかなって思っていたのに」  隣に座ったにゃあさんの頭を撫でながら、ひたすら思考を巡らせる。  東雲さんは贋作だ。そして〝本物〟になるため、自分だけの物語を創ろうとしている。 〝大人になっちゃったら、なににもなれないの?〟という私の問いかけに、養父が言葉を濁していた理由がようやく知れた。あの時、まだまだ東雲さんは夢の途中だったのだ。私という存在を通して、必死に経験という種を育てている最中だった。 〝本物〟になれるかどうかわからないなか、東雲さんは懸命に私を育ててくれた。多くの時間を私のために割いてくれた。ありがたかった。東雲さんが慈雨のように注いでくれた愛情のおかげで、私はここまで大きくなれたのだから。 「東雲さんの〝本当の娘〟になりたい、かあ……」  それは私が、物心ついた頃からずっと胸に抱えていた想い。 ……ううん、今でも変わらない。どんなに頑張ったって、どんなに「お前は俺の娘だ」と優しい言葉をかけてもらったって、血が繋がっていない事実は覆せない。〝本当の娘〟になるためには、実の親子以上の努力が必要だ。  大きく息を吸った。冷たい空気が冷静さを取り戻してくれるようだった。 〝娘〟である私がするべきことを考える。自己満足でもなんでもいい、東雲さんを応援してやるべきだと思う。東雲さんが悔いを残さないように。残り少ない時間を最大限に有効活用できるように助けてあげるべきだ。自分にしか創れない物語を生み出そうとしている養父の背中を押してやる。おそらく――それが最善だ。 「にゃあさん。娘の私がいつまでもメソメソクヨクヨしてちゃ駄目だよね?」  瞬間、するりと手の中からにゃあさんが抜け出した。少し離れた場所に立って、私の背後に意味ありげな視線を送る。不思議に思って振り返れば、 「夏織!」  そこには、息を切らした水明がいた。 「どうしたの?」 「ど、どうしたもこうしたも。お前が出かけたって聞いて。探したんだぞ」 「忙しかったんじゃないの? お店の前に行列ができてたじゃない」 「なんだ。店まで来たのか。声をかけてくれればよかったのに」  私の隣に腰掛けた水明が、はあと息を吐いた。ずいぶん心配をかけてしまったらしい。申し訳なく思っていれば、水明は私をじっと見つめた。 「なにを考えてた」  薄茶色の瞳にまっすぐ射貫かれて、少し居心地悪く思う。  水明から目を逸らし、空で瞬く星々を眺めながら言った。 「東雲さんにさ、〝娘〟としてなにをしてあげられるかって悩んでたの」  話しながら、凝り固まった顔の筋肉を必死に動かそうとする。 「八百比丘尼に話を聞いてきたの。落ち込んでばかりじゃいけない、前向きに考えなくちゃって思った。東雲さんに残された時間は少ししかないんだよ。後悔しないためにも――ちゃんとしなくっちゃ」  なんとか笑みを形作る。大丈夫。笑えているはず。泣いてばかりじゃ……駄目だ。 「……ッ!」  瞬間、温かいものに包まれて目を瞬く。水明が私を抱きしめている。ふわりと汗と薬の匂いがした。水明の匂いだ。独特だけど、ずっと嗅いでいたいと思うほど落ち着く匂い。 「……どうしたの?」  布越しに伝わってくる温もりがやたら優しくて、背中に手を回して訊ねる。  水明は私を抱きしめる腕に力をこめると、ふてくされたような声で言った。 「俺の前でまで無理をするな」 「……!」  反射的に息を呑んだ私に水明は続けた。 「もうひとりで泣かなくてもいいんだ」  優しく頭を撫でられる。水明は私の耳もとに顔を寄せて囁いた。 「大丈夫だ。気兼ねすることはない。俺はお前のことは全部知ってる。お前がおっちょこちょいなことも、食い意地が張ってることも、本がなにより好きだってことも。……いつも、東雲にとっていい娘であろうと気を張ってることも。本当は泣き虫だってことも」 「……っ。す、すい、めい」 「去年の夏も同じこと言ったけど――」  ふいに耳の奥に空から降り注ぐような蝉の鳴き声が蘇ってきた。蝉のきょうだいが死んだ時、水明は今日と同じように私を抱きしめてくれたのだ。 「我慢するな、泣け。馬鹿」  ぎゅう、とひときわ強く抱きしめられる。少し痛いくらいの抱擁。  だけど今は、それがなによりも心地よかった。 「あ、あ……」  ほろり、瞳から熱いしずくがこぼれた。 「ああああ……」  くしゃりと顔を歪める。つう、と涙が頬を伝っていく。顎から滴り落ちた涙が水明の服の上で弾けた瞬間――押しとどめていた感情が溢れ出した。 「水明。私、嫌なの。嫌なんだよっ……!!」 まるで子どもみたいに大声を上げて泣く。  ぐりぐりと顔を水明に擦りつけて、必死に想いを声に乗せた。 「東雲さんがいなくなるのは嫌だっ! もっと一緒にいたい。笑って、泣いて。しょうがねえ奴だなあって何度だって言ってほしい……」  私の叫びを水明は黙って聞いてくれている。感情をまるでコントロールできない。悔しくて、悲しくて、やるせなくて。拳を握って暴れ出す。 「なにが前向きよっ! なにがメソメソなんかしていられないよっ……! 娘として応援してあげるべき? 最善? 馬鹿じゃないの! そんなの無理よ……! 私は、私はっ! ただ、東雲さんのそばにいたいだけなのに……」  執筆が進まなくてウンウン唸っている東雲さんを見ていたかった。だらしない姿に文句を言いたかった。いざという時は頼りになる父の背中を見つめていたかった。  なんてことのない日常が失われることが、なによりも怖かった。 「どうすればいいの。どうすれば東雲さんは私のそばにいてくれるの。私が口うるさかったから? 私が気が利かない娘だったから? だったら、もう小言は言わない。娘としてもっとちゃんとする。貸本屋の仕事だって頑張るから。だからお願い」  脱力して水明にすがった。 「私から離れて行かないで。もうやだよ。大切な人がいなくなるのは、もういやだ」  私を産んでくれた母も父も、この世にはもういない。現し世には私を大切に想ってくれている人間は誰ひとりとして残っていないらしい。だから、私の世界のほとんどは幽世でできている。そして幽世で培った世界の大部分を占めているのは養父の存在だ。 「助けて。東雲さんが死んじゃう。嫌だ。それだけは絶対に嫌だ……!」  子どもみたいに暴れた。拳が水明に当たることもあった。だけど、私より年下の少年はじっと私の気持ちが収まるのを待ってくれている。なのに、私の感情は昂ぶるばかりで止まることをしらない。養父の死を納得できるならしている。なのに、絶対に納得できる気がしない。こればかりは受け入れられない。 「あああああああああああああっ……!」  ひときわ大きく叫んだ瞬間。 「なら、人魚の肉を食べさせたらいいんじゃないかなあ」  背後から飄々とした声がした。心臓が激しく跳ねる。恐る恐る振り返ると、私と水明の影の中からぬらりと人魚の肉売りが姿を現した。先日のカジュアルな服装ではない。浦島太郎らしい、いかにも物語に出てくる漁師といった格好だ。  魚籠に手を差し込んだ肉売りは、暴れる人魚を持ち上げて笑った。 「人魚の肉はなんでも願いを叶えてくれる。君も知ってのとおり。壊れた付喪神も元通りさ。よかったら切り身をいくつかあげよう。東雲の食事に混ぜ込めばいいんだ」  屈託のない笑みを浮かべている肉売りに悪寒が走った。 「……ほ、本人に許可を取るようにしてるんじゃ……?」 「んー。そうなんだけどね。今はそれどころじゃないだろ? それにね、君が望んだと知ったら、東雲も納得してくれる気がする!」  緑がかった瞳を細める。浮かべた笑顔にはどこまでも善意が溢れていた。 「君がここまで傷ついているんだ。東雲もきっと永遠を受け入れてくれるさ。みんなが幸せになる道を探ろうよ。永遠は救いだ! 少なくとも君の心はすぐに救うことができる」  永遠という鎖に縛られ、永遠に愛する人を見つけられない男が囁く。その声は鼓膜にじん、と染みた。悪魔の誘惑が実在するならば、おそらく似た響きを持っている。  ――でも……!  思わず頭を抱えた。自分の望みと東雲さんの想いの狭間で息をするのも辛い。 「勝手に決めつけるな」  凜、とした声が辺りに響き渡る。ハッとして顔を上げれば、まっすぐに肉売りを睨みつけている水明の横顔があった。 「どうするかを決めるのは夏織であり東雲だ。お前の意見はどうでもいい」 「どうでもいいなんてひどいなあ! 僕はみんなの幸せを考えて――」 「黙れ」  水明に言葉を遮られ、肉売りは不愉快そうに顔を歪めた。水明は私から体を離し、両肩を掴んでまっすぐ見つめる。ふわりと幻光蝶が眼前を横切った。朧気な燐光をこぼす蝶が、水明の薄茶色の瞳を金色に装飾する。 「……辛いよな」  水明の瞳に憂いが滲んだ。 「俺も、母親が死んだと聞かされた時は、本当に辛かった」  水明もまた母親を亡くしていた。それも、かなり幼い頃だ。犬神遣いの家であった白井家の中で、最も頼れる身内がいなくなった痛みは如何ばかりだったろう。父親の行き過ぎたしつけのせいで、白髪になってしまった水明の心情は計り知れない。 「あ……。ごめ、ごめんね」  私ばかりが辛い思いをしているわけではないと知り、慌てて謝る。水明はゆっくりかぶりを振ると、私の頬を濡らしていた涙を指で拭った。 「悲しみは人それぞれのものだ。別に遠慮することはない」  そして――柔らかく目を細め、ふわりと春の陽光のような微笑みを浮かべた。 「お前はどうしたい? 判断できるのは夏織と東雲だけだ。他人にはできない」  私と東雲さんに残された選択肢はふたつ。  ――東雲さんが永遠の命を獲得するか。  ――そのまま望み通りに一生を終えるか。  ふと脳裏にある人の声が蘇ってきた。 『どうか、あなたは選択を間違わないで。後悔ばかりの人生ほど空虚なものはありません』  亀比売の言葉だ。選択を間違えたと考えている彼女は、最愛の人に認識してもらえずに千年以上もの間苦しみ続けている。  ――重すぎるよ。簡単に選べるわけがない。 胸が締めつけられるような気持ちでいると、水明は私の手を握って続けた。 「落ち着いて考えるんだ。なにを選択しようと俺は決して否定しない。東雲の死を許容できないなら、人魚の肉を食べるように一緒に説得するし、見送る決意ができたなら辛くないようにずっとそばにいる」  力強く、思いやりに溢れた言葉だ。ノロノロと顔を上げた私に水明は続けた。 「だから、辛い時はそばにいさせてくれ。この間のように閉じこもるのはなしだ。感情をぶつけてくれてもいい。ひとりで感情をため込んで、追い詰められるのだけは勘弁してくれ。どうせなら一緒に苦しい気持ちを共有させてほしい。俺を隣にいさせてくれ」  ゆっくり息を吐く。そしてひとつも曇りのない瞳で水明は言った。 「俺の居場所は夏織の隣だ。やっと……自分がいてもいい場所を見つけたんだ。俺の席を空けておいてほしい。大丈夫だ、そばにいる」 「……あ」  じん、と胸が震えた。水明が触れている場所から温かな温度が伝わってくる。心を苛んでいた痛みに柔らかな熱が届く。傷だらけだった私の心の傷が少しずつ塞がれていく。 「水明ばっかりズルいわ!」  その時、声を上げたのはにゃあさんだ。 「あたしはアンタの一番の親友でしょ? 確かにどうするか決めるのは夏織と東雲よ。でも意見を言うことくらいは猫にだってできるもの! なんでも聞きなさいよ! ウジウジするなんてアンタらしくないわ」 「そうだよー!!」  ツンツンしながら断言したにゃあさんに追従したのは、どこからか姿を現したクロだ。 「オイラもっ! 相談に乗るよ。えへへ、あんまし役に立たないかもしれないけどね」 「クロ、あなたひとりで来たの……?」  キョトンとしていれば、クロは「ナナシとだよっ!」と元気いっぱいに答えた。 「夏織っ!」  クロの後から現れたのは、目と鼻を赤くしたナナシだ。勢いよく私に近づくと、たくましい腕で私をぎゅうっと抱きしめる。息苦しさに目を白黒させていれば、ナナシは彼らしくない弱々しい声で言った。 「まったく! アタシに黙ってこんなとこで悩んでるなんて。もっと頼ってくれてもいいのよ。一緒に考えましょう。アタシたちの将来のことなんだから!」 「くるっ……苦しいってば、ナナシ……!」 「だって!! ああもう~! アタシったら母親としてはまだまだ未熟だわあ!」  うおおおん、と大仰に泣き始めたナナシの腕からやっとのことで抜け出すと、丘の下から賑やかな気配がするのに気がつく。 「おお~い! 夏織がべそかいて幽世をウロついてたって聞いたんだけど!」  銀目だ。あまりの物言いに顔を引きつらせていると、 「フフッ! 銀目ったら、そういうデリカシーがないところが駄目だよねえ。あ、夏織~。肉まん、いっぱい買ってきたよ。お腹が空いてるとグルグル考え込んじゃうでしょ。なにはともあれ腹ごなししようよ~!」  金目の場違いに能天気な声がした。いつの間にかみんな勢揃いしている。目を凝らすと、金目銀目の後ろに続々とあやかしたちが続いているのがわかった。 「夏織く~ん! 大丈夫かい。頼りになる素敵なおじさまが駆けつけてあげたよ!」  河童の遠近さん。 「ホッホ。なんじゃ、メソメソしとるのう。クラゲに乗って散歩としけこむか?」  ぬらりひょん。 「あらあらあら! あちきがいない間になにがどうなってるでありんす? 泣き顔は恋話をする時だけにしなんし。いい女はそうそう涙を見せるものじゃありんせん!」 「怒っている文車妖妃もまた美しい……! ああ、今日という日に感謝の念が絶えない!」  文車妖妃に髪鬼。更に山爺や小鬼、唐傘の兄さんに、孤ノ葉に月子……。  誰も彼もが、私を心配して集まって来てくれていた。 「「「夏織~!」」」  みんなが私に向かって手を振っている。呆然と彼らが集結する様を眺めた。静寂で満ちていた丘の上は、今や町中よりも賑やかだ。 「ふっ……」  思わず小さく噴き出した。 「やだ。みんなお仕事とか修行はどうしたの……」 「おやおや。夏織くんの一大事に仕事なんてしていられないさ!」  遠近さんの言葉に、みんなが一斉に頷いた。 「アハハハ!」  なんだか笑いが止まらない。冷え切っていた心に優しい熱が灯っているのがわかる。 「誰も放って置いてくれないんだね」 大きく息を吸う。肺を限界まで膨らませて、ゆっくり吐き出した。パンッ! と両頬を手で叩く。涙でグチャグチャだった顔をひきしめ、勢いよく顔を上げた。 「夏織?」  怪訝そうな顔をしている水明に、ニッといつも通りの笑みを向ける。 「……心配させちゃったね。ごめん!」  キョトンとしている水明に、私はある人の言葉を引用して口にした。 「ねえ、知ってる? 死はふたりの道を分かつもの。死者は終着点に到着するけど、生者はこれからも長い道を歩き続けなければならないんだって」 「なんだそれは?」 「幽世で一番厳しくて、一番優しい人の言葉」  笑いながらみんなの顔を眺める。東雲さんを見送った後、私の心はまた大きく傷つくだろう。きっと多くの血が流れるに違いない。それこそ死に至りそうなほど弱ってしまう可能性だってある。でも――私にはみんながいる。水明が、ナナシが、にゃあさんが、クロ、金目銀目、遠近さん……私を慕ってくれる大勢のあやかしたちがいるのだ。  彼らは私の傷から血が流れないように塞いでくれるだろう。薬を用意したり、励ましてくれたり、時には叱咤してくれるはずだ。私が挫けないように支えてもくれるだろう。  東雲さんの死後も私の道は延々と続いていく。山あり、谷ありの決して平坦じゃない道だ。途中には必ず障害(ライフイベント)が用意されている。なんとも険しい道のり。絶対に苦労する。挫けそうになるのも一度じゃないだろう。でも、きっと大丈夫。私が転びそうになったら誰かが支えてくれる。支えてもらうだけじゃない。私も誰かを支えてあげるのだ。 それが〝人生〟。 人は誰だって終着点を目指して歩き続けている。 ――まだ、心は苦しいままだけど。 養父の死という衝撃が簡単に拭えるわけではない。 だけど、前に進もう。見知らぬ道に踏み込むのだって怖くない。だって、私はひとりで道を歩かなくていいのだ。周りにはいつだって大切な人たちがいる。 「みんなありがとう」  笑みを浮かべた私に、みんなは安堵の色を滲ませた。  冷静に思考を巡らせる。苦しくとも考えなければならない。私が東雲さんに対してできること。きっと正解はない。だけど精一杯やれることをやりたい。 「…………」  人魚の肉売りが私を物言わぬまま見つめている。私は彼を刹那の間見つめると、すぐに視線を逸らした。私が選び取る選択肢の中に、人魚の肉がもたらす永遠が含まれていない事実に気がついたのだろう。永遠の命を至上と考える肉売りの表情が曇る。 「私ね、東雲さんが〝なりたいもの〟になれるように応援するって約束したんだ。だけどさ、東雲さんはひとりで全部決めちゃってて、私が入り込む余地がまるでないの。ねえ、どうすればいいと思う?」  私の言葉に、そこにいた全員が顔を見合わせた。はあ、と大仰にため息をこぼしたのは、母代わりのナナシである。 「東雲ってそういうところあるわよね。ひとりで突っ走って満足しちゃう」  その言葉に素早く反応したのは遠近さんだ。 「ああ! 確かにねえ。夏織くんに自分の寿命を告白できない程度にはヘタレの癖に」 「その通りじゃのう。儂まで巻き込んで、ハラハラさせられたわ」  カッカッカ! と笑うぬらりひょんに、釣られてみんなも笑った。遠回しに事実を伝えてきた東雲さん。もう腹を決めた様子だったけど、たぶん心の中では迷っていたのだろう。養父の気弱な一面が知れて嬉しくもあった。 「肝心なところで意気地なしだよね。私の父親になるって頑張ってきたのにね」  ぽつりとこぼせば、途端にナナシの目が輝いた。 「――それだわっ! 父親よっ!」  私の手を掴んで顔を寄せてくる。呆気に取られている私にナナシは言った。 「あの男に父親の幸せって奴を実感させてやりましょ!」 「し、幸せ……?」 「ウフフ! そうよ、そうだわよ! アタシ知っているのよ、東雲が隠れ里の職人に大金を積んで依頼してた〝アレ〟のこと!」 「え、え……? どういうこと?」  唐突に隠れ里の名前が出てきて驚きを隠せない。わけもわからず混乱している私をよそに、ナナシはウッキウキだ。遠近さんも上機嫌で話に乗っかってきた。 「なるほどねえ。そういやそういう話もあった。うん、いいんじゃないかな!」  遠近さんは私と水明の肩を抱くと、私たちの顔を交互に見た。展開についていけずに黙りこんでしまった私たちの耳もとである計画を口にする。 「「なっ……!!」」  水明とふたりして茹で蛸のように真っ赤になる。パクパクと口を開けたり閉めたりすることしかできない私たちに、遠近さんとナナシは言った。 「大丈夫。準備はアタシたちに任せておいて」 「親友の東雲に贈るプレゼントだ! 気合いは充分さ。完璧に仕上げてみせる!」  胸を張り、自信満々に請け負ったふたりに、私と水明は思わず目を見合わせ――。 「「……!」」  なんだか気恥ずかしくなって、勢いよく顔を逸らしたのだった。
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