キミのちーちゃん

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「勤めている会社の後輩に、片岡っていうのがいるんだ。明るくて気立てが良くて、仕事の出来る、すごい奴。ちーちゃんに見た目がすごく似てる」 「ほう」 「はじめて出来た後輩ということもあって俺は彼のことを可愛がっていて、彼も俺になついていた。休みの日も一緒に呑みに行ったりして、すごく仲良くさせてもらっていた。俺は彼のことが好きだった。でもそれは恋とかそういうのじゃなくて、友情とか師弟愛とかそういう類いのものだと思っていた」 「……そうなのだな」 「でも彼が結婚すると聞いたときに気づいたんだ。これは恋だって。最初は彼が俺より先に結婚することに嫉妬しているのだと思っていたけど、よく考えてみると顔も知らない奥さんに嫉妬しているんだって気づいて……。『俺の方が彼を知っているのに、彼を幸せに出来るのに』なんて醜い感情が生まれた」 「……」 「『どう考えても報われない恋だ、想いを捨てよう』と思っても、気持ちが大きくなるばかりで……。だからもう割り切って、気持ちが消えるまでずっと抱えることにしたんだ。苦しいけれど、片岡に迷惑もかけたくない。一方的に想うだけの恋もありだよなって自分に言い聞かせてる」 一気に喋ったことで息が上がった俺の肩を、ちーちゃんは優しく撫でる。 「……本当にキミは、大人になったのだな。あの童話のモモちゃんが好きだった頃は、『主人公に負けないくらい強くて優しい男になって主人公を倒して、モモちゃんを奪い取って結婚する』なんて言っていたのにな」 「いつまでも子どもの頃のままでいられないよ。人を不幸にしてまで想いを実らせるなんて俺には出来ない」 「……うん、だけどキミはちゃんと強くて優しい男になった。キミは魅力的な人だ。幼少期からキミを知っているワタシが言うのだから間違いないよ。……次からは、きっと上手くいくさ」 「そうかな……。俺、本当に恋愛運ないんだよ。恋愛の神さまに嫌われてんのかな」 「……好かれすぎて嫉妬されているのかも」 「はは、そうだったらいいな。嫌われているよりかは好かれていた方がいい」 「……そうか、ありがとう」 「ああ、話したら何だかすっきりした。聞いてくれてありがとう。実はさ、来月から海外に転勤になるんだ。いつ日本に帰ってこれるかわからない。だから行く前に片岡にいっそ想いを打ち明けてしまおうかな。そうしたら、吹っ切れて次に進めそうな気がする」 「それはいい。ならば、ワタシで告白の練習をしたらどうだろうか。ワタシは片岡という男に似ているのだろう。かなり本番に近い予行練習が出来ると思うが」 「いいの? じゃあやってみようかな。ちょっと台詞考えるから待って」 俺は瞑目して、一つ深呼吸した。いつの間にか木々の葉のこすれる音もセミの鳴き声も全く聞こえなくなっている。この場にあるのは俺たちの息づかいの音のみだった。 いろいろと考えたが、やっぱり簡潔でストレートな文言が適切だと思い至って、目を開いてちーちゃんの瞳を見据えた。しとやかで綺麗な瞳がこちらを見つめている。意を決して俺は口を開いた。 「君のことが、好きだ」 「……ワタシもキミのことが、好きだったよ」 ちーちゃんが俺の告白にどういう意図があってそんな返答をしたのかは定かではない。だけど彼の言葉には真に迫った響きと迫力があって、その言葉はまさしく「ちーちゃんのもの」という気がしてならなかった。何と返したらいいか戸惑っていると彼はすっと立ち上がり俺に告げた。 「……さて、そろそろ雨が降るよ。もう帰った方がいい。この地が死ぬまでに、またキミに逢えて良かった。さようなら、みっちゃん」 「ちーちゃ、うわっ!」 突然目も開けていられないほどの突風が吹きすさび、その場にうずくまった。しばらくして風がやんだのでそろりと目を開けると、ちーちゃんはもうそこにいなかった。いつの間にか葉やセミの奏でるざわめきも復活している。 「……」 心にぽっかり穴が空いた気分だった。ちーちゃんは何者で、どこへ行ってしまったのか。だけどもう、それを確かめる術はもうないのだろうという気がした。今日のこの出来事も、やがて「思い出」に変わるのだろう。――「非日常」から「日常」に戻らなければ。俺の居場所は日常だ。刻々と変わりゆく毎日を、歩んでいかなければならない。それは大変で骨が折れることだけど、俺はきっと「次」へ進める。……大丈夫だ、ちーちゃんが「上手くいく」と言ってくれたのだから。そう心を持ち直して俺は立ち上がり、足早にその場をあとにした。 おしまい
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