キミのちーちゃん

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家に上がらせてもらってすぐに、居間に通された。すでにほとんどの家具は処分してあるそうで、がらんとした寂しい空間が広がっていた。ここで両親と祖父母と俺で飯を食べたっけ。何てことはない普通のカレーやそうめんでも、皆で食べればごちそうだったな。ふとそばの窓辺に目をやれば、俺たちが幸せそうに笑っている写真がいくつも飾られている。――もうこんな時は戻ってこない。そう考えると、少し胸が痛んだ。 「何のお構いも出来なくてごめんなさいね」 そう言って祖母はよく冷えた麦茶を出してくれた。都会のコンクリートジャングルよりも格段に気温や湿度は低いと思うが、それでも暑さは感じるし久しぶりに祖母に会うことに緊張もしていたのでその麦茶は火照った心と体をほどよく癒やした。 「今日はわざわざ遠いところから手伝いに来てもらって、ありがとうね」 「今まで何もしてあげられませんでしたから、これくらいお安いご用です。……台風、大変でしたね」 「ええ……。これ以上雨が降ると土石流で村が埋まってしまう危険性があるって自治体の方がおっしゃっていたわ」 「だから立ち退かないといけないんですね……」 「死傷者も出てしまったし、そもそも家もぼろぼろで廃れきった村だったからここが潮時なんでしょうね」 「残念ですけど仕方ないですね……。今後は父のところに身を寄せるんですよね」 「そうね。……光樹くんのお父さんとお母さん……今はどんな様子なのかしら」 やはり、それを聞かれるか。「それ」自体を話すことに抵抗はないが、そこから確実に発展するであろうとある話題を出来れば避けたくて、一瞬息がつまった。 「両親は……復縁とまではいきませんけど、和解はしたんじゃないですかね。最近、皆そろって飯を食いに行きました」 「そうなの。良かったわ……。本当に、お父さんは申し訳ないことをしたわね」 「21年も前のことですから、もう何てことはないです」 そう、それはもはや俺にとってすでに取るに足りない問題だった。当時は父と離れて暮らすことや名字やら学校やらが変わることに憤りや失望を感じていたけれど、今の俺は自立した大人なのだ。もちろん家族の仲がいいに越したことはないが、それによって一喜一憂する年ではない。もっと気にかけるべきなのは自分自身についてだ。仕事とか健康とか……恋愛とか。 「光樹くんは女性を悲しませるようなこと、したらだめよ。光樹くんはもう結婚しているんだったかしら」 ああ、やっぱりそういう話になってしまうか。俺は努めて平静を装って、言葉を紡いだ。 「結婚はしていないです。恋人もいません」 「あら……そうなの。だったら早くいい人を見つけて、身を落ち着けなきゃね」 恋人や伴侶がいないと、身は落ち着かないのだろうか。そういう考えが多数派であろうということは頭ではわかっているが、どうにも受け入れがたい。もし受け入れてしまったら……今の自分を否定することになってしまう。 いたたまれなくなった気持ちを解放すべく、俺はここからしばし逃げることにした。 「あの! ちょっとだけ外をぶらっと歩いてきてもいいですか? 思い出の場所が今日で見納めならしっかり目に焼き付けておきたいと思いまして」 「ええ、どうぞ。気をつけてね」
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