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そうして俺たちは子どもの頃のように二人並んで祠の前の石段に座り込んだ。空を覆い隠すほどの木々の葉がさわさわとかすかに揺れる音が気持ちいい。先ほどまでうるさいほどだったセミの鳴き声も、遙か遠くに聞こえる。まるで俺たちが話すのを邪魔しないように、自然が気を遣ってくれているようだった。
「いやあ、本当に久しぶりだよね。元気だった?」
「……寂しかったから、元気ではなかったかも知れない。……どうして、急に来なくなったの。ずっと待っていたんだよ」
彼の横顔はふてくされているような感じがした。それが子どもの頃俺が約束の時間に遅刻したときの当時のちーちゃんにそっくりで懐かしくなったけれど俺はまた申し訳なくなって、せめて正直でありたいと事実を説明する。
「父親の不倫のせいで両親が離婚しちゃってさ。俺は母親についていったんだけど、この村は親父の故郷だから母がここに行くのを嫌がってね。俺自身は行きたかったんだけど一人でどうこう出来る年齢じゃなかったからそのまま何年も行かなくなってしまった。今日は祖母の引っ越しの手伝いに来たんだよ」
「……そうか。すまないな」
「何でちーちゃんが謝るの。もう過ぎたことだし、まだぎくしゃくはしているけど大分関係は修復しているから大丈夫だよ」
「……大人になったのだな」
「まあね。……それにしても、俺って恋愛にまつわることにとことん運がないんだよな。両親の離婚はもちろん恋人が出来ても浮気されるわ詐欺に遭うわ、さい……」
ここまで喋ってはっと我に返る。俺は一体何を話しているのだろう。なぜ自分の傷をえぐるような話題を自ら進んで話そうとしているのだろう。ーー思い返せば、ちーちゃんといるといつもそうだった。自分の悩みを打ち明けてしまいたくなるのだ。自分と同じ年端の子なのに誰よりも大人びて落ち着いていて、そっと心に寄り添ってくれるような不思議な安心感がちーちゃんにはあった。どんな話をしても「大丈夫」とふわりと微笑んでくれるのだ。
「……また、つらい恋をしているのだな」
「……!」
今心の中にくすぶっている思いをぴたりと当てられて、一瞬呼吸が止まった。ちーちゃんの何もかもを見透かすような澄んだ瞳が、俺を見ている。何だかいたたまれなくなり、俺は視線を外した。
「……あ、えっと」
「ワタシの仕事は人間の悩みを聞くことなんだ。昔も話してくれたろう、服を泥だらけにしてしまったり家族の大事なコップを割ってしまったりしたときとか。カウンセラーちーちゃん様に話してみるといい」
今抱えているものはそんな些細な問題(当時は重大だったのだろうけれど)と比べられるほどの簡単な問題ではない。そうやすやすと人に打ち明けられるものではないのだ。……だけど、人に聞いて欲しいという気持ちも確かにある。ちーちゃんの顔を見やると、彼は優しげな、「大丈夫」と言わんばかりの視線をこちらに向けていた。またひとりでに、言葉がぽろりと口からこぼれ落ちた。
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