コどもとヨミの友達

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5  高校生になった時、祖母は末期がんで入院した。余命宣告も受けていたし、本人も延命を望まなかったため、緩和ケアのみ受けていた。  私に迷惑を掛けたくないとか言っていたが、祖母なりのプライドがあるのだろう。もしくは、基本帰ってこない両親への当てのつもりだったのかもしれない。  私は、その帰ってこない両親の代わりに、お見舞いと祖母に関してできる範囲のことはすべて代理でやっていた。いわゆるヤングケアラーというやつに近いのかもしれない。周りには同情されることが多かったが、特に何も感じなかった。  あの日以来、ずっとそんな感じで過ごしていた。語ることもなかったけど、忘れることもできなかった。  あの日のことを語ることになったのは、祖母の手伝いをしているときだった。  祖母が突然、外の空気を吸いたいというので、医師に確認を取ってから車椅子で外に移動した。あの日のように蒸し暑くて、冷房が効いた部屋じゃないと少し辛かった。  祖母は平気なようで、涼しい顔をして花壇の花を見ていた。私自身は、さっさと病室に帰りたかったが、祖母が望んだことを邪魔したくなくて黙っていた。  ふと、祖母は私に視線を向け、あの日何があったのか尋ねてきた。とっても真剣な顔だった。  ずっと、忘れられなかったあの日のことを、すべて話した。コヨミという瓜二つの少女のこと、一緒に秘密のアソビをしていたこと。鏡の中に行ったこと。そして、その日以来、コヨミが現れなくなったこと。何もかも話した。 この頃の私にとって、コヨミは夢の中の人物だと思っていたし、正直どうでもいい出来事になっていた。と言うか、色々重なって自暴自棄になっていた部分はある。  祖母は、そうかい、と小さく呟くと私の出生に関することを話し始めた。  母は元々一卵性双生児を身ごもったそうだ。だが、実際に生まれたのは私だけだった。お腹の中で片割れは死んでしまったのだ。その時、バニシングツイン、本来は双子の片割れが亡くなった時、母体に吸収される現象だが、私たちは珍しい事例で、寄生性双生児として私の中に吸収された。片割れは私が赤ん坊の時に摘出されたらしい。もし、そのまま双子で生まれていれば、私の片割れは小夜美(こよみ)だったそうだ。  これはあくまで私の予想だが、その片割れこそ子どもの頃の友達、コヨミの正体だったのではないかと思う。  寂しくてあの子もあんたと一緒にいたかったのかもしれないね、と小さく呟いた。  祖母の呟きに、あの時のコヨミ寂しげな表情が浮かんだ。  想像でしかないが、一人で居るのが寂しくて、遊び相手を探すために、鏡に映った姿を自分の姿として作り出したのかもしれない。  小夜美。寂しがり屋で優しい女の子。もう一人の私。幼き日々を共に過ごした友達の意外な正体に、心の中でそっと手を合わせた。  気が付かなくてごめんね。知らなくてごめんね。小夜美の分まで生きるから。だから、ちゃんと見ててね。  それから数日後、祖母は亡くなった。  私は、祖母が話してくれたことも、小夜美のことも、一緒に遊んだことも、忘れずに生きていくだろう。それが、生きている人間ができることだ。それに、記憶という時間の中で小夜美は生き続けることができる。  小夜美の代わりになれなくても、それが、片割れへの救いになればいいなと思った。  西に沈みだした夕陽の赫が部屋の中に濃い自分の影を作り出した。このくらいの暗さになると、ふと頭に妙なことが浮かぶことがある。  でも、それが浮かんでもその答えを考えることはしない。私の中に居るコヨミがひっそりと黒く笑い、姿見の中へ引きずり込もうとしている。そんな気配がするからだ。  子どもの頃の謎は謎のまま、にしておくのがいいのかもしれない。本気でそう思った。   ――ズット、イッショダヨ――
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