好きだよ

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好きだよ

めぐと久しぶりのデート。 と言ってただの町ブラだ。 カフェに入って、俺はオーダーをしに行く。 めぐは窓際の席に腰を下ろす。 甘いホットコーヒーと 炭酸のグラスを持って、 めぐの待つ席へ—。 ふと足が止まる。 めぐは窓の外をぼーっと見ている。 その視線の先。 別れた旦那が見えた…。 彼女も一緒だ。 少し戸惑って、 でも、なんでもないように、 「お待たせ」 と言って、めぐの前にコップを置く。 「あ、ありがとう」 そう言って俺に笑顔を見せるめぐ。 俺も知らばっくれたように、 ちらっと窓の外を見て、 「どうしたの?外なんか見て」 と聞いてみる。 「ううん、お洗濯渇きそうかなって」 めぐらしい答え。 俺がもう一回窓の外に視線を移そうとしたその時。 めぐの手がさっと俺の手に重なる。 ドキッとしてめぐを見る。 「ねぇ、好きだよ」 こんな人の多いところで、 めぐがこんなことを言うなんて…。 もしかして、まだ未練があるのか? めぐの声なんて、店の雑踏にかき消されてしまう。 俺はめぐの瞳をしっかり見る。 とても穏やかだ。 俺は、どう感じたらいい? ふと窓の外に視線を向ける。 そこに彼らの姿はなかった。 俺はそっとめぐの手にさらに手を重ねて、 「知ってる、俺も好きだし」 と笑った。 「もう」 と言って膨れるめぐ。 可愛い。 すぐにカップを両手で持って、 コーヒーを口に含む。 その唇に、くぎ付けになる。 少し前に,俺に『好き』だと告げたそれは、 今は俺の喜ぶ言葉しか紡がない。 俺以外の男の名前に愛情を乗せて呼ぶことはない。 別れた旦那も、愛奈の先生も、ドラックストアの店員も、 ただのモブだ。 めぐに『好き』と言ってもらえるのは、 子供たちを除けば俺一人なんだ。 窓の外の景色に溶けて、 町の日常を作るだけの存在の彼ら—。 そう思うのにこんなにもやもやする。 俺は、炭酸を少し急いで飲み干す。 ここからは俺のアパートが近い。 めぐがコーヒーを飲み干すのを待って、 努めて、普通に、 「帰ろ」 と促す。 ちょっと不思議そうに、 でもいつもの笑顔で 「うん」とめぐがうなずく。 自分でもわかっている、 めぐの手を引いて、いつもより速足でアパートに急ぐ。 「アパート寄るの?」 めぐもちょっと小走りに俺の歩幅に合わせる。 「うんちょっと…ね」 そんな俺の言葉に、めぐはなぜか顔を赤くする。 めぐは、俺の思わないところで、 急に俺にときめいたりする。 きっと今もそうなんだろう。 スイッチはよくわからない。 でも、今の俺にとっては好都合だ。 もやもやを、めぐにぶつけたい。 思春期みたいに急かす気持ちと体。
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