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「ありすちゃん」
友達がいました。何十年も前の話ですけど。
幼少期の出来事なんて、いつか朧げになって忘れてしまうでしょう?だけど、その子とは、すっごく仲が良かったみたいで・・・鮮明に覚えているんですよ。
私の家は、いわゆる転勤族で両親の仕事の関係上、色々な場所に引っ越していました。だから、かなり小さい頃から「引っ越し」というイベントはごく当たり前になっていたんです。それでもやっぱり、知らない土地に住み始めた時は大変でした。どこに何があるのか分からないし、知らない人ばかりだし、子どもだった私にとって、自力で動ける範囲は限られていましたから。
だから 彼女との出会いは余計に衝撃的だったのかもしれません。
「おはよう。今日は とてもいいお天気ね。」
春で、日も長くなっていた時期です。偶然彼女を見かけた時は、いったい何をしているのだろう という疑問しか浮かびませんでした。
真っ青なワンピースは、もう少しで地面についてしまいそう。そんなことも気にしない様子で、彼女は公園の花壇に話しかけていました。
子供ならではの好奇心・・・といえば良いでしょうか。とにかく私は、何かに誘われるように歩き出していました。
「・・・何やってるの?」
どちらかというと昔から1人で過ごすことが好きで、そう考えれば当時の私の行動はかなり思い切ったものだと思います。
恐る恐る声をかけると、彼女はクルリと振り向きました。
一目惚れ・・・なんて、照れくさい表現かもしれませんね。
だけど、彼女の顔を見た瞬間、明らかに心臓が高鳴ったのを覚えています。
「お花さんと おしゃべりしてるのよ。」
彼女は、ニッコリと笑いました。
ふんわりと広がるワンピースにかけられた、フリルエプロン。艶々しい黒髪を飾るシンプルなリボンカチューシャ。
私と背丈が変わらない彼女は、何処かで見たことがあるような雰囲気でした。
「よろしくねっ!」
「・・・よろしく・・・」
一体何に対して「よろしく」なのか・・・当時の私はそう思ってしまいましたが、彼女を直視できないままあいさつをしたのを覚えています。
「そうだ。お花さんたちにもおしえなくちゃ!みんなー!あたらしいお友だちよ。」
「・・・話せるの・・・?」
「うん!さっきもね、おのどがかわいたって言ってたから、お水をあげたのよ。」
「その子、不思議の国のアリスみたいね。」
人参を切りながら、母は言ったんです。
「アリス・・・?」
「ほら、うさぎを追いかけて穴に落ちちゃう女の子。絵本で見たことあるでしょ?」
「あぁーー・・・」
『ありすちゃん』
テレビアニメの賑やかな主題歌を聞き流しながら、私は名の知らない彼女のことを、そう呼ぶようにしました。
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