「ありすちゃん」

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「ありすちゃん」は、次の日も、私がランドセルを背負って帰る時間に花壇の前に座っていました。 私に気づくと、水色のワンピースをヒラヒラさせて嬉しそうに駆け寄ってきて 「今日は  おちゃかいをするの!あなたも来て!」 と、私の手をやや強引に引きました。 有無も言わさず誘われるように引っ張られていくと、そこは公園のアスレチックからだいぶ離れた、大木が生い茂る場所でした。見通しが悪く暗いので、学校でも家でもあまり近づかないようにと言われていた所ですが、ありすちゃんは奥へ奥へと突き進んで行きました。 「おちゃかいへ ようこそ!」 輝く笑顔の彼女とは対照的に、年季のある切り株が生えた、寂しく湿り気のある場所でした。 なんだか来てはいけない場所に入り込んでしまったような気がして、ランドセルの背負いひもをキュッと握りしめると、ありすちゃんは不思議そうに私の顔を覗きました。  「どうしたの?おちゃかいは きらい?」 「・・・ここって  こどもがきちゃいけない所じゃない?」 ボソッと呟くと、ありすちゃんはニッコリ笑いました。 「だいしょうぶだいじょうぶ!ここはハートの女王がいないの。だからすきにおちゃかいが できるの!」 一体何を言っているのだろう・・・ 突っ立っている私を置いて、ありすちゃんは大きな切り株の反対側に座って、準備を始めました。 「今日はね  三月うさぎさんから きいちごのパイををもらったの。ハートの女王に見つかったら  首を切られちゃうから ないしょだよ。こうちゃには さとうをいくつ入れる?」 ありすちゃんは、切り株の上でせっせと手を動かしていました。 『その子、不思議の国のアリスみたいね』 昨日の母の言葉を思い出した私は、ありすちゃんがお茶会のままごとをしようとしていると予想しました。小学校に上がりたてだと、まだそういった遊びを好む子も多かったですから、私も彼女の遊びに付き合うことにしました。 マグカップも  スイーツタワーも  テーブルクロスもない  なんとも奇妙なお茶会です。だけど、ありすちゃんの幸せな表情と細かな手付きは、私に全ての輪郭をはっきりと見せつけました。 「わたしは きいちごのパイがすき。あなたは 何がすき?」 「・・・シュークリームがすき。」 「シュークリームね。いいよ。」 彼女は、中央のスイーツタワーらしき空間から何かを掴み取り、見えない布で包んで私に差し出しました。 私は彼女から その『何か』を受け取ると、見えない布を手でめくり、『何か』をかじる動作をしました。不思議なもので、甘く温かいパイ生地と、溢れ出る金色のカスタードが口の中で混ざり合う錯覚に陥ってしまい、思わず口角が緩んだのを覚えています。 ありすちゃんは、透明なナイフできいちごのパイを切り分けながら言いました。 「ハートの女王はね。きいちごのパイをひとりじめ。だけど、三月うさぎさんは こっそり作ってくれたのよ。」 ありすちゃんは、エプロンのポケットから茶色い綿の塊を出しました。切り株に置かれた時、初めてそれが小さなウサギのキーホルダーであることが分かりました。 「・・・よろしく」 私がウサギに小さく挨拶をすると、彼女はウサギの首をぴょこんと曲げました。 「あなたは、時計柄のティーカップにミルクティーだったね。」 薄汚れた緑色のチョッキを着たウサギの前で、ありすちゃんは透明な紅茶を注ぎ入れました。 「なぞなぞしようよ」 ありすちゃんは、透明な紅茶をかき混ぜながら語りかけました。 「子犬と てぶくろの きょうつうてんってなーんだ?」 きょうつうてん・・・同じところってこと?子犬とてぶくろ・・・? 「・・・え・・・なんだろ・・・」 「こたええはねぇ。なーんにもない!」 「・・・え?」 「なにもない  がこたえなんだよ!」 「・・・それってアリ?」 私は、少し不服な気持ちになりました。そんなの、なぞなぞでも何でもなくて、屁理屈じゃないかって。 でも、不満をぶつけることはできませんでした。 だって、ありすちゃんは、とても楽しそうにニコニコしていましたから。一体何がそんなに楽しいんだろうってぐらいに。 「・・・あ」 ありすちゃんは、遠くの空を見て少し悲しそうな声をあげました。 「そろそろ じかんだ」 「時間?」 そういえば、私も長いこと居座ってしまった。そろそろ帰らないと、母が仕事から帰ってくるだろう。 「ハートの女王は  じかんにきびしい。おくれると、首をはねるの・・・」 またハートの女王か・・・最後の最後まで彼女の妄想に付き合わされた私は、感覚が麻痺してしまいそうでした。しかし、それよりも、見えないテーブルクロスを丸めるありすちゃんの顔は、夕日のせいかなんとなく寂しそうに見えました。 「今日は ありがとう」 右手をティーセットのかごをぶら下げるような形にし、ありすちゃんは微笑みました。 西日に照らされた公園は、別世界のようでした。 「うん。」 私が答えると、ありすちゃんは駆け出して私を追い越していきました。 公園の入口でもう一度振り向くと 「ばいばーい!!」 と手を降って、腰のリボンを左右に揺らしながら遠ざかっていきました。
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