懐かしいあの頃

1/1
前へ
/12ページ
次へ

懐かしいあの頃

私は、いつもだったら足の向かない実家へ、数年ぶりかの里帰りをしていた。 久しぶりに帰った故郷の地。 一人散策してまわる私は懐かしいあの頃に想いを馳せた。 見るもの、聞こえる音、匂いまでもが懐かしく感じられた。 「わぁーなんて心地いい風・・・・・・」 樹齢六百年になる銀杏の巨木は見上げる程大きくて。 それは、昔から変わることのない圧倒的な存在感。 まるで私の帰りを待っていてくれたかのように、その場に佇んでいた。 それは天高く枝葉を伸ばし、夏の蒼い空に眩しいほど映える深緑の銀杏の葉。 生い茂った葉は、夏の強い日差しを遮り大きな影をつくると、傍の河原から吹き抜ける風にそよそよと葉擦れを響かせている。 私は目を閉じると、風と戯れる木の葉に耳をそばだてた。 すると何処からか楽しげな子供たちのはしゃぎ声が、風に乗って私の耳まで届いてくるようだった。 振り返ると幼き頃の思い出が色鮮やかに蘇ってきた。 その光景に、私は思わず目を見開いた。 お日さまみたいな笑顔の子供たちが、キャッキャッと声を上げながら銀杏の木の下を駆け回る。 童心に帰った私は、気づけばあの頃のように両手を広げ駆け出していた。 「えっこちゃん、行こう!」 突如私の目の前に現れたのは、子供の頃の友達『まさえちゃん』だった。 まさえちゃんは目を丸くして驚く私に、そっと手を差し伸べた。 その瞬間、私は嬉しさに頬を朱に染め彼女の手をとった。 私たちは見つめ合い何かの合図のように「うん」と頷くと共に駆け出した。 あの頃、幼き瞳に映った世界は、切ないくらい美しく儚く尊い世界―― それは心躍る、冒険の世界だった――
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加