お父さん、大嫌い、大好き

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1  僕はお父さんが嫌い。  家に帰ってくるといつもむすっとしていて、黙っている。  口を開けば、僕や母さんのことを怒るもん。 2  お母さんとも仲良くしているように見えない。  帰ってもずーっと黙っているもん。  だから、お母さんに聞いたんだ。 「どうしてお父さんと結婚したの?」 「優しい人だからよ」  僕はびっくりした。 3 「お父さんが優しいの?」  笑いもしないし、怒ってばっかりだし。 「小太郎が思っているより、お父さんはずっと優しい人よ」 「ウソだ!」  僕は信じたくなかった。 4  お父さんは僕が生まれてから、ずっと優しくなんてしてもらったことないもん。  お母さんの言ってることは間違ってる!  絶対信じてやるもんか。 5  お友達のお父さんの方がよっぽど優しいし、みんな仲が良くていいなあ。  なんで僕はあんなお父さんの子供になったんだろう。  怒ってばっかでお仕事のことしか頭にないもん。  忙しいんだろうけど、キャッチボールもしたことない。 6  僕はお父さんのことが大嫌い。  でも、少しだけ変わってくれるなら、嫌いじゃなくなるかも。  本当にちょっとだけでいいから、話してほしい。  笑って僕と遊んでくれるなら……。 7  ある日、お友達の隆一くんと遊んでいる時、おもしろい遊びを考えたんだ。  それは自転車の二人乗り。  かわりばんこで運転する人と後ろに乗る人を交代した。  すごく楽しい。  こんなこと、お父さんはしてくれない。  けど、僕には隆一くんが遊んでくれるからいいや。 8  しばらく二人乗りで僕たちは楽しんでいた。  けど、隆一が運転する番になった時、こう言ったんだ。 「小太郎くん、坂道を下ってみようよ」  僕はちょっと怖かったけど、「いいよ」って答えた。 9  隆一くんは「いくよー」と叫んだら、ものすごいスピードで坂道を下った。 「うわぁ、すごい早いよ~」 「ちょ、ちょっと待って!」  僕の左足の靴が取れかけた。 「なあに、聞こえないよ」  風の音で隆一くんに僕の声が聞こえないみたい。 10  僕の片っぽの靴は坂道に転げ落ちる。  そして、僕の左足は自転車の車輪にからまってしまった。 「いたーい!」  泣いて叫んだ、怖かった。  隆一くんが慌てて、自転車を止めると近くを走っていた車の人に助けを呼ぶ。 11  僕は救急車に運ばれて、手術をすることになった。  そこからは記憶がぼやけていて、何度かお母さんの声が聞こえたけど、よく覚えてない。  とにかく痛くていっぱい泣いて叫んだ。 12  目を覚ますと左足が包帯で巻かれていた。  ものすごく痛い。  ベッドの隣りには心配そうに見つめるお母さん。 「小太郎、痛い?」 「痛い……」 13  それからしばらく、僕は痛みで寝ることができなかった。  ずっとえんえん泣いていた。  その度にお母さんが頭を撫でてくれた。  こんなときもお父さんはきっと仕事が大事なんだ。  僕はもうあきらめていた。 14  夜中の2時ぐらいに病院の廊下をバタバタと走る足音が響いた。  お父さんだった。  僕はびっくりした。  見たことないくらいお父さんは汗だくで、Yシャツもびしょびしょ。  すごく焦っているようだった。 15 「小太郎、大丈夫か!」 「うん」 「小太郎、痛いか!」 「うん」  なんだか恥ずかしかった。 16 「お父さん、お仕事は?」 「仕事? そんなのどうでもいいだろ!」  そう言うとお父さんは僕をギュッと抱きしめてくれた。 「小太郎が生きててよかった!」 「僕に生きて欲しいの?」 17  お父さんは涙を流しながら答えた。 「当たり前だろ! 小太郎が生きているからお父さんは頑張れるんだ!」 「そう…なんだ」  意外だった。 「そうよ、小太郎。お父さんは小太郎のことしか考えてないんだから」  お母さんも僕をギュッと抱きしめてくれた。  まるでサンドイッチみたい。 18  それから入院している間、お父さんは毎日お見舞いに来てくれた。  リハビリも手伝ってくれて、僕の足は治り出した。  あとでお母さんに聞いたんだけど、お父さんは毎日僕のことをメールで聞いてくるんだって。 「お父さんは恥ずかしがり屋なのよ、本当は優しいのに、おかしいわよね」  お母さんは嬉しそうだった。 19  退院する前の日にお父さんが僕に聞いた。 「なあ小太郎、退院祝いに何か欲しいものはないか?」  僕は迷わずに答えた。 「お父さんとキャッチボールがしたい!」 「そんなことでいいのか?」  お父さんはびっくりしていたみたい。 20  退院して僕とお父さんとお母さんの3人で近くの公園に来た。  お母さんは近くのベンチで座ってて、僕とお父さんでキャッチボールするんだ。 「いくよー! お父さん!」 「よし、来い小太郎」  僕とお父さんは日が暮れるまでキャッチボールを続けた。  何度も何度も……。
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