雨催い

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 男は否認を続けていました。そして不思議なことを口にしたのです。若い刑事はそれを馬鹿げた言い訳と笑い飛ばしました。 『お前は窓からあの子を見ていたんだな』 『ああ、そんとき夕立が来たんだ。田んぼの先の山から下りて来た。真っ暗になり雨が壁になり田んぼを責めて来たんだ』 『あの子はどうした、気が付かなかったのか?』 『夢中でザリガニ釣してた。そのうち雨の音で他の音は全て消された。俺は坊主を呼んだんだ、「おい逃げろ、夕立が来るぞ」家に帰れとは言えねえ、だって坊主の家は夕立の中に入ってしまっている。「坊主、逃げろ、こっちに来い、早く」やっと坊主は俺に気付いた。そして竹竿を放り投げて走り出した。だけど魚籠のザリガニが気になったんだろうよ、逃がしに戻ったんだ。そん時はもうアパートの前に真っ黒い壁が立ちはだかっていたんだよ。俺はアパートの玄関も窓も閉めてじっと夕立の立ち去るのを我慢していた。そして十五分もしたかなあ、アパートの玄関に坊主が倒れていた。俺は担いで上がって介抱したんだ。だがすぐに死んじまった。うつ伏せに倒れていた。身体の裏側は真っ黒に焼けただれていた』 『ばか野郎、雨の中で背中が焼けるか』    本庁から出向している若い刑事は相手にしませんでした。しかし実際に男の子の死因は火傷だと鑑識が言っていました。私達は男の自供を元に捜査を始めました。一昨年に東京で発生した身代金誘拐事件の犯人が逮捕され、誘拐された男の子は既に殺され墓地に埋められて発見されました。その影響で地方の村でも子供の通学路には親が交代で監視する様になった矢先のこの事件でした。 『ここだよ、ここは溜池から近くて大きなザリガニが上がって来る。それを坊主は狙っていたんだ。真っ赤ちんて大きな奴だ。煮て食えば海老と変わらねえ』 『真っ赤ちん?何だそれは?』
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