雨催い

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『そのままの速度で自宅まで走れ』  私が言うと男は笑うのを止めて走り出しました。私は時計を見ました。アパートの玄関まで三分三十秒、男の走りは七歳の子が全速力で走るのとほぼ同じぐらいでしょうか。  男の子がザリガニ釣に出掛けるのを親は容認していました。それは萬屋からこの地点が見えるからです。学校から帰り、竹竿と魚籠を持ってザリガニ釣を楽しみにしていたようです。親御は店から監視していたと聞いています。男のアパートからこの畔、この畔から萬屋、しかし男のアパートから萬屋は死角です。田んぼに突き出た公園の林があるからです。  男のアパートは上下とも八所帯で真ん中に通路があるごく普通の木造アパートでした。窓からさっきの畔を見つめました。 『どうして火傷なんですかねえ。絞殺とか刺殺とか撲殺とかならあいつをすぐにでも落としてやるんだが』  若い刑事は実力不足とは認めていないようでした。若いけど階級は私より上です。出世頭のようですが経験不足はどうにもならない。ですがあまり出しゃばって嫌われると面白くない。言われたように案内係りを務めるのが賢明でしょう。 「佐々木さん、あなたはどう思います?」 「どうと申しますと?」 「どうして火傷なのか考えてくださいよ、まったく」 「富岡さん、萬屋に行ってみませんか?」 「どうして?被害者宅は悲しみに暮れている。早くあの男を落とさないと」  富岡は焦っています。何としても職工の待田に自供させることしか頭にないようです。 「ちょっと出て来ます」  私は本庁まで遺体確認に行きました。明日は通夜で遺体も萬屋に戻ります。 「引っくり返してもらえますか」  
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