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富岡が下痢で動けないと早朝五時に電話が入りました。恐らく神経性の胃潰瘍から下痢をしたのでしょう。一人で聞き込みに回るよう指示されましたが馬鹿らしくて止めることにしました。それより萬屋の叔父からもう少し話が訊きたい。私は午後から叔父を連れて遺体の確認をしてもらうつもりです。あまりにも状況が酷似している。違いは空襲と夕立です。もしかしたら夕立の雨と晴れの境に何か不思議な力が生じる可能性があるのではないかと、おかしなことを思い浮かびました。こんなことを富岡に話せば大笑いするに違いありません。鬼の居ぬ間に洗濯じゃありませんが富岡が戻る前に確認しなければなりません。
萬屋は重い雰囲気に包まれていました。
「嫁さんの気持ちを考えると他人事ながら悔しさが通じます」
「ああ、嫁はずっと泣き通しですよ、立ち直れるか心配です」
叔父は溜息を吐いた。
「今日は昨日の続きを伺いに来ました。突然ですいません」
「いいさ、中にいるより気が紛れる、嫁の泣き声は終日屋敷中に響いています。悲しさのあまり屋根が崩れるかもしれない」
叔父の例えは大袈裟ではないようです。
「空襲で亡くなられたお兄さんのお墓はどちらでしょうか?」
叔父が歩く後に続いて行きました。溜池の裏の一族の墓地に着きました。
大谷石で積まれた立派な墓地です。
「これが一族の墓ですが遺骨は残っていません」
「どういうことですか?」
「昔は土盛りしていない田と同じ高さの墓でした。大雨で墓ごと流されました。残ったのはこの石碑だけです」
「それじゃご先祖の遺骨も流されてしまったのですか?」
「この辺りは土葬ですから流されてすっかり土にかえってしまったんでしょう」
「土葬ですか、お兄さんのご遺体も?」
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