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「姫様、そろそろ…」
塗籠の外から小さく声を掛けてきた山吹。
徐々に雨足が弱まっているのを私も塗籠の中で感じていて、中将様の顔をそっと見上げました。
「もう雨があがってしまうわ。」
「…忌々しいことだ。」
中将様はこういうと、私にもう一度口付けしました。
「愛しています。これから先も。貴方が入内しても、密かに貴方を思っています。」
私たちは、もうこうして会うことはできない。
中将様の言葉が、それを強く実感させる。
止まらない私の涙を指先ですくいながら、中将様は悲しげに微笑みました。
「どうか泣かないで。夕立の君。」
この雨は、二人だけの雨。
私達の、ひとときの恋ーーー………。
***
「あらやだ、小雨が…」
入内の日。
女御として麗景殿を賜った私は、大勢の女官にかしずかれながら空を見ていました。
「向こうの空は晴れていますから、きっとすぐにやみますわ。女御さま、濡れてお風邪を召されてはいけませんから、どうぞ中へ…」
女官の一人が私に声をかけてきました。私はそれを笑顔で断ります。
「いいえ。私、雨を見るのが好きなの。しばらくこのままで良いわ。」
雨が全て洗い流してくれるなんて、嘘ばっかり。
あの逢瀬が、今でも私の心と体に消えぬ痕を残しているわ。夕立を引き合いにお上手な表現をされたのは認めてさしあげるけど。
でもこんなこと言ったら、また「生意気だな」って貴方はお笑いになるんでしょうね。
「主上のお渡りです。」
女官が声を上げる。
きっと、夕立のたびに思い出すわ。
貴方のことを。
その心で、その体で、私は主上を受け入れる。
夕立が残した、熱を抱いたまま。
(終)
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