夕立の君

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かの君と出会ったのは、屋敷の南庭の桜がちょうど見頃を迎えた頃。左大臣である父が屋敷での桜狩りを催し、そこにかの君はいらっしゃったのです。 「日が高い間の桜の姿しかご存知ないとは勿体ない。ご覧くださいませ、夜の桜の妖艶なこと。」 「さあ、宴の準備も致しました。桜を(さかな)に楽しみましょう。こんなにも美しいものを楽しまない手はありますまい。」 夜。 父の催した宴に、上達部(かんだちめ)殿上人(てんじょうびと)は桜を眺めながら酒を酌み交わし、その盛り上がりは私のいる西の対まで聞こえるほどでした。 「ああ煩い。それに酔っ払いは嫌いだわ。桜だってきっと煩い思っているに違いなくてよ。」 その様子を伺いながらぼやく私は、左大臣が三の姫。今年で十四歳になります。私の言葉を乳母が即座に注意してきました。 「姫様、そのようなことをおっしゃいますな。全く、姫様はいつもお言葉が過ぎる。」 「あら、利発だと言って頂戴。」 「そんな物言いだから、殿も姫様の縁談を決めあぐねているのですよ。もっとしおらしくおなりあそばせ。」 「姉上のように?」 姉、と申しましても数日早く生まれただけですが。 姉の二の姫は正妻腹です。気立てが良く、琵琶と和歌に長けた非の打ち所のない姫です。父も姉上に大きな期待を寄せており、姉上は今上帝の元に入内することが決まっています。 ただ姉上は体が弱く、裳着の儀の後すぐに体調を崩しました。今は入内の日取りを延期して、北の対の母宮の元で療養されています。 この頃は体調も落ち着いてきたので、そろそろ入内の日取りを決め直すことでしょう。 「さようでございます。二の姫さまは相手を言い負かそうとはなさいませんよ。いつもおっとりと可愛らしくされて、」 「もう結構よ。姉上を引き合いに叱られるのは聞き飽きたわ。」 私がこう言うと、乳母は口を噤んで渋々といった様子でさがりました。入れ替わるように私が可愛がっている女房の山吹がわたくしの元へ。
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