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「姫様、先程宴の様子を少し見てきたのですが、美しい公達がいらっしゃいましてよ。桜の精かと思いましたわ。」
「まあ、貴方見に行ったの。内大臣家のご子息に一人、眼を見張る程の美丈夫がいらっしゃると言うのは噂で聞いたことあるけど、その方じゃなくて?」
「どうでしょうか、分かりませんが、あのような殿方なら一夜限りでも…」
「はしたないわよ、山吹。」
流石に苦笑いしました。山吹は恋に奔放なところがあります。それに、内大臣家は政敵。今上帝の元には内大臣家の姫君も入内すると聞きます。そんな方とは、遊びの恋でも許されはしないでしょう。
***
夜もとっぷりとふけて。
流石に宴の声も落ち着いてきました。女房たちも局に下がっています。私はまだ休まずに、絵日記を書いていました。その日あったことをしたためるのですが…
静かに筆を置いて、御簾からそっと外の様子を伺います。
夜桜を、私も見てみたい。
父の大臣にも「なかなか絵心がある」と褒めて頂いたことがあります。夜桜はそんな私の絵心をくすぐる題材です。どうせみんな酔い潰れているでしょうし、きっと大丈夫…
そう思って、西の対から渡殿の方へ。
姿を見られることがあってはならないため、用心深くしているつもりでした。
「そこにいるのは誰ですか?」
!
御簾越しに、殿方に声をかけられました。
見れば年若い公達が御簾を背に座っていらっしゃいます。
しまった…!
声をかける必要はありません。このまま踵を返して西の対まで戻れば良いこと。扇で顔を隠して、その場から急いで立ち去ろうとしました。
「声をかけているのに無視とは、左大臣家の女房は随分とつれない。」
刹那、御簾の揺れる音が。
驚いて振り返ると殿方が御簾を持ち上げて、こちらに顔を覗かせていて。
その顔はとても整っていらっしゃいました。
涼やかで、それでいて華のある美丈夫。
「探しものをしていたのですが、見つからなくて。酔いも少し回ってきたので、ここで休んでいました。どうか話し相手になっていただけませんか?」
こう言った殿方は、ずいぶんと余裕の表情。私は後ずさりをします。
「っ、無礼な。私は女房ではないわ。」
「へぇ。…女房ではないとすると、」
御簾が大きく揺れました。
その殿方は、御簾の内に入ってきていて。
……!!
「もしや貴方は、左大臣家の二の姫様で?」
逃げようとした私の体を後ろから捕まえて、殿方はくすっと笑います。
心臓が止まるかと思いました。
殿方に、こんな風に触れられたことがなくて。
腰を引き寄せられ、手を握られるなんて。
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