正直者は二兎を追う

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正直者は二兎を追う

 夜も更け、街の人々が眠りについた頃に私は目を覚ました。  気配がする。使用人も呼ばず寝間着から普段着に着替え、部屋でその気配を待つ。すると、程なくして息を切らせた警邏隊のひとりが部屋へとやって来た。 「ヴィクトール様、ミス・ゲシュタルトが現れました!」  それを聞いて、私はすぐさまに剣を手に取って警邏隊に訊ねる。 「今夜はどこに出た」  その問いに、警邏隊はこの街の中でも有力な貴族の名をあげる。その屋敷にミス・ゲシュタルトが現れたようだった。 「現場へ向かうぞ」 「はっ!」  一礼をした警邏隊を連れて、私は部屋を出る。あの貴族の館にミス・ゲシュタルトが出たとなっては、私が直々に出向かなくてはいけないだろう。  もっとも、あの貴族には黒い噂が立っていて、かねてより調査をしたいと思っていたのだけれどもそれができていなかったので、今回ミス・ゲシュタルトが現れたことによりなにかしっぽを出すのではないかという算段もあるのだけれども。  屋敷を出て、外で待っていた警邏隊と合流し、自分の脚で走って現場へと向かう。細い路地を逃げ回るミス・ゲシュタルトのことを追いやすいようにだ。  怪盗ミス・ゲシュタルト。そいつはいつの頃からか現れた、貴族や豪商などの富裕層だけを狙う盗人だ。狙う相手はいつだって、黒い噂の付きまとう相手ばかり。ミス・ゲシュタルトはそんな相手の犯罪の証拠を警邏隊に提供して去って行く。  そうして処罰された貴族や豪商は数知れないし、そういった輩を逮捕するのもまた私の仕事だ。ある意味私とミス・ゲシュタルトは協力関係にあるのかもしれないけれども、それを認めるわけにはいかない。いくら罪を暴いているからといって、また別の罪を野放しにするわけにはいかないのだ。  ミス・ゲシュタルトを追いはじめてもう何年になるだろう。いまだにやつのしっぽは掴めていない。それでも、私はミス・ゲシュタルトを追うことを諦めないのだ。  貴族の屋敷に着くと、私兵と警邏隊が屋敷を取り囲んでいた。私兵の先頭には、この屋敷の主が立っている。 「お待たせしました」  私がそう言って貴族に一礼をすると、貴族は屋敷の屋根の上を指さす。 「あそこにミス・ゲシュタルトがいる。なんとか捕まえてくれ! 大切なものをいくつも持っていこうとしているんだ!」  狼狽えたようすでそう叫ぶ貴族の声に屋根の上を見ると、月を背にして銀色の仮面を被ったドレス姿の少女が立っている。あれがミス・ゲシュタルトだ。  ミス・ゲシュタルトが大きな声で笑う。 「あはは、やっと来たのねヴィクトールさん。 今夜も私からのプレゼントを受け取ってくださいな!」  それから、手に持っていた大きな袋の中から大量の書類を取りだして撒き散らし、屋根の上から飛んだ。 「ひぃっ!」  貴族が悲鳴を上げる。不審そうにしながら警邏隊が書類を拾うと、貴族はそれを取り返そうとする。しかしいかんせん枚数が多すぎる。あっという間に警邏隊や私兵、それに私の手元にまで書類の一部がやって来た。  その書類を見て、私は警邏隊に号令をかける。 「一番隊と二番隊は私と一緒にミス・ゲシュタルトを追うぞ! 三番隊、四番隊は書類を集めてその方を取り押さえておけ!」 「了解です!」  私兵達が呆然とする中、警邏隊の半分が貴族を取り囲み、書類を集める。そして半分は私と一緒に屋敷の前から走り出し、ミス・ゲシュタルトのことを追った。  ミス・ゲシュタルトは屋敷の屋根の上を跳ねながら逃げていくことが多い。加えてあの派手ないでたちなので目立つ。なので、途中までは追うことが容易いのだけれども、どういうわけだか、いつも気がつけば姿を見失ってしまうのだ。  貴族の住む区画を走り回り、抜けて、一般市民の住む区画に入る。ここまで来ると細い路地も増えてくるので、いつもこのあたりで姿をくらまされる。  寝静まった街中を松明を持って駆け巡るけれども、ミス・ゲシュタルトの姿はすでに無い。また逃がしたかと苦々しく思いながら、私は一度連れてきた警邏隊を集めて指示を出す。 「二番隊は引き続き捜索を。一番隊は屋敷に戻るぞ」 「了解です」  二番隊の隊員が、街の路地へと消えていく。それを全て見送る間もなく、私は貴族の屋敷へと向かった。  屋敷へと向かう途中も、どこかにミス・ゲシュタルトがいないかどうか気を払いながら早足で歩く。けれども、こうしてやつが見つかったことは一度も無いのだ。  屋敷に着き、貴族を拘束している警邏隊のひとりから拾い集めた書類を受け取る。ざっと目を通した限りでは、この貴族は噂通り、街から子供を攫って人身売買をしていたようだ。 「引っ立てろ」  私が警邏隊にそう指示を出すと、貴族が警邏隊に両脇を抱えられた状態でわめく。 「これは罠なんだ! 私にこんなことをしている暇があったらミス・ゲシュタルトを捕まえろ!」  それを聞いて、私は素直に貴族に頭を下げる。 「ミス・ゲシュタルトを見逃したことはお詫びします」 「謝る暇があったら私を離して捕まえにいけ! この無能が!」  捕まえに行きたいのはやまやまだけれども、私は目の前にいる犯罪者を見逃すことはできない。 「あなたを離すわけにはいきません。 この書類が本物か否か、事実か否かはこれから調査させていただきます。ですので、ご同行ください」 「離せ! 私がなにを悪いことをしたと言うんだ!」 「言い訳は法定で聞きましょう」  暴れる貴族の手首を縄で縛り、警邏隊に指示を出す。 「連れていけ」  貴族はわめき声を上げながら、警邏隊に連れて行かれる。  私はこれから、この屋敷の聞き込みだ。
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