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【番外編】ある執事の感情
唐突に書きたくなって、その後のお話を書いてみました。
本編から10年と少し後ぐらい。
甥っ子に名前が付きました。
ソラくん(17歳ぐらい)です。
洗脳状態から少しずつ自我を取り戻しつつある、
執事ルーカス視点です。
***
私は執事だ。
ルーカスという名は、ご主人であるジャン様が付けて下さった。
養成所で執事としての訓練を受けた後、ジャン様に買い取られてからずっとお仕えしてきた。
ご主人様の命令を聞いて、身の回りのお世話をすることが私の仕事であり、喜びだ。
それは私にとっては当たり前の事実であり、それ以上の意味はないし必要ない。
しかし、それではいけないと……命令を聞くだけでなく、私自身で考えることに慣れてほしいとジャン様は仰った。
「ルーカス、君はどう思う?」
「ルーカス、君はどうしたい?」
そんなこと、私に聞いて何になるというのだろう。
ただご主人様が私に答えを望むなら、きちんとお答えしなければ――――
「はは、今はまだそれでいい。僕の言葉に疑問を持てること自体が上出来だ」
考えあぐねていると、ジャン様は優しい表情でそう仰って下さるが、一体どうすればよかったのかはわからない。
「そう、それでいいんだ。わからなくていいから、たくさん考えてみればいい」
ジャン様が仰るには、私は長い間、考えることを封じられていたそうだ。
私はそれが当たり前だと思って生きてきたのだが、どうやらそうではないらしい。
***
「伯父さん、ルカさん、こんにちは!」
「やあソラくん、いらっしゃい」
明るい声で挨拶をしているソラくんと呼ばれたこの若者は、ジャン様の妹様のご子息……つまり甥御さんだ。
彼は幼い頃からジャン様のお屋敷に家族でよく遊びに来られていたが、最近ではこうしてひとりでやってくることも多い。
「僕、進学が決まったよ」
「そうか、流石だな。おめでとう」
「それでさ……伯父さん、約束覚えてるよね?」
「ああ……僕は構わないよ。ルーカス本人が望むならね」
約束。
ソラ様は何を思ったのか、私を近くに置きたいと仰っているという。
私はご主人のジャン様の命令であれば、ソラ様にお仕えすることも問題ないはずだ。
しかしジャン様は、私自身が望むことを条件としているというのである。
執事の私が、何かを望むなんてことあるはずはないのだが…………
「うん、だから口説きにきた」
「はは、そっか、がんばれよ。」
ジャン様はルカ様を腰に抱きながら、楽しそうに笑って部屋を出ていかれたので後を追う。
「ルーカス、待って」
ソラ様の声に、思わず身体が止まる。
ジャン様をちらりと見やると、目を細めて頷いて行ってしまわれた。
「………………」
「ねえ、こっちに来て」
何かを考える前に、自然と身体がソラ様のほうに向く。
彼と話していると不思議なことに、ときどきこういうことがあるのだ。
「ふふ、嬉しいな。ようやく僕の命令も効くようになってきたね」
「………………? 」
「ねえ、こうして僕の言うことを聞いてたら、気持ちよくなってこない? 僕は気持ちいいよ……はやく僕のモノになってほしいな」
私の目を見つめてそんなよくわからないことを囁いて、私の額に口づけを落とす。
朧げな遠い記憶の中にいる彼は、まだ私の腰ほどの背丈だったはずなのに……随分大きくなられたものだ。
そうだ、あのときは確かジャン様に頼まれてソラ様のお世話をしていたのだった。
執事として当然のこととしてソラ様のお世話をさせて頂いていただけだというのに、その後ジャン様が頭を抱えていたから何かを間違えてしまったのだろう。
それ以来ソラ様は私に会うたび、喜々として私に言うことを聞かせようとしてくるのだ。
そんなことを思い出していると、何故だか身体の内側がじんわりと温かくなってくるのを感じた。
この感じはなんだろう、と胸に手を当てて考えていると、目の前にいるソラ様の目が見開いていく。
「ッあぁ!? ルーカス!? ちょっと……なにその笑顔の破壊力…………!?」
「ソラ様? どうなさいましたか……?」
「えっ? しかも僕のことちゃんと認識してるわけ? それで、僕のこと心配してるわけ……??」
「…………そりゃあ、そうでしょう」
「うそ…………やばすぎ…………」
両手で顔を覆って座り込んでしまったソラ様は、一体どうしてしまったのか。
よくわからないけれど、ソラ様を見ているとこの温かくてじんわりとした感覚が身体じゅうに拡がっていくようでとても心地良い。
これは、もしかすると――――
「そうですね、これが『気持ちいい』なら、そうかもしれませんね」
「ちょっと……今それ言っちゃう……!??」
「あなたに聞かれたからお答えしたのですが……違いましたか?」
「ああもう!違わない!!」
「そうですか、それなら何よりです」
「はぁ……こんなに可愛いなんて反則だぁ……」
ソラ様はまだ何か仰っているが、きちんとお答えできたようでひと安心だ。
私は執事なのだから、これでいい。
そうか、これが『気持ちいい』か――――
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