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【番外編】嬉しくて、可愛い
こちら細々と更新しておりましたが、思った以上にご感想等反応を頂きありがとうございます。
ルーカス視点で読みたいとコメントを頂いたり、他サイトではルカを好きと仰って頂いたりとても嬉しいです。
それらも踏まえて、せっかくなのでいろいろと詰め込んでみました。
ソラくんが下宿を始めてからの、ルーカス視点。
ほんの少しだけ甘くなってきた予感です。
◆
私は執事だ。
ご主人のジャン様の身の回りのお世話をすることが私の仕事だ。
ジャン様は「君も僕の家族だからね、そこまでしなくていいんだよ」と仰るが……それではどうやって生きていけばいいのか、私は知らない。
そんなことを考えていたのを見抜かれたのか、「まあ、ゆっくりでいいからね」とジャン様は困ったように笑う。
そして、私に命じられた。
「うちに下宿するソラくんのことを頼んでいいかな。ただし、君が嫌な気持ちになることがあれば……君の意思で拒否していいからね」
ジャン様が何を言っているのかよくわからないが、とにかくソラ様のお世話をすればいいのだろう。
ご主人様のご命令を聞くのが私の仕事なのだから、私の意思で拒否することなんてあるはずないのに――――
***
「…………ではソラ様、おやすみなさいませ」
「うん、ありがとう。でも……そこまでしなくていいんだけどなあ」
「いえ、私の仕事ですから」
ソラ様がこの屋敷に住まわれるようになってから数ヶ月。
ジャン様から命じられたとおり、私はソラ様のお世話をさせていただいているのだが……ソラ様もジャン様と同じようなことを仰っている。
これが私の仕事だというのに。
「うーん、ジャン伯父さんからの命令だからって僕の世話をしてくれてるのも気に入らないんだけどなあ」
そんなやりとりを何度もしているうちに、結果として私の仕事はお見送り、お出迎え、夕食以降の夜の時間のお供をさせて頂くことになっている。
それでも仕事をしないわけにはいかないと、つい身の回りのお世話をしてしまうとこうして指摘を受けてしまうのだ。
「まあ、ルーカスが進んで僕に構ってくれると思えば嬉しいけどね……そんなにお世話をしてくれるって言うなら、僕のお願いを聞いてくれる?」
「もちろんですよ、ソラ様」
「ああ!わかってたけど……!そういうところもなんかやだ」
「すみません…………」
どうやらソラ様のご気分を害してしまったようだ。
私は、ソラ様からのお願いを聞くことができなかったのか……少し喉の奥がツンとするような感じがするのは何故だろう。
「ルーカス、ごめん。そんな悲しそうな顔しないで……あなたは悪くないのに」
…………悲しそう?
「あっ……そっか、僕が怒ってると思って悲しい気持ちになってくれたんだよね? ごめんね、怒ってないから、大丈夫」
ソラ様はそう仰って、そっと私の手を握り込む。
悲しい気持ちというものは少し息苦しいけれど、ソラ様の手はとても温かい。
私は無意識にその手を握り返していたようだ。
「ああ……あなたにはまだわからないかもしれないけれど、やっぱり好きだな…………」
握ったままの手を引かれて私よりも背の高いソラ様のお顔を見上げると、とても柔らかな目で私を見ているようだった。
「ねえルーカス、おやすみのキス……してくれる?」
「おやすみの……キス……?」
「そう……こうするんだよ」
そう仰った直後に触れた唇は少し震えていたけれど、その温かさに身体じゅうがじんわりと『気持ちいい』と感じていた。
「ね、ルーカス、こっちに来て」
身体を離され「気持ちいい」から戻ってきた自分にハッとする。
もっと触れていたい、離れがたいようなこの感覚、そしてソラ様のご命令に胸が高鳴るこの感覚は……何と言えばいいのだろうか。
気が付けばソラ様は寝台に腰掛けて、前に立つ私を縋るように見上げていらっしゃる。
「お願いルーカス、さっきみたいに……キスして」
そう一言ソラ様から命じられるだけで、こんなにも心臓の音が響いているのは何故なのだろう。
わからないけれど、同時に不思議と「気持ちいい」。
「はい、もちろんです」
言葉は勝手に口から滑り落ちて身体が動く。
気が付けば私は、先ほどソラ様がして下さったのと同じように唇を重ねていた。
この時間がずっと続けばいいのにと、そう望んでしまった自分には気付かない振りをした。
***
その日以来、ソラ様に「おやすみのキス」をさせていただくのが私たちの日課となった。
それから、お見送りとお出迎えの際にも思い出したように口付けをされることもある。
ただそれだけのことで、特に変わったことがあるということもない。
強いて言うならばここのところ非常に身体が軽く、ついにはルカ様まで「最近顔色がいいし、なんか可愛くなった?」などと仰っている。
例えば小さな見た目で守りたくなる存在のことを「可愛い」と呼ぶことは私も知っている。
ソラ様もしばしば私に対して「可愛い」と仰るのだが、それは違うのではないかと思っている。
しかし顔色はともかくルカ様までが可愛いなどと仰るなんて、一体どうしたというのだろうか。
それに、どちらかといえば「可愛い」が当てはまるのはルカ様のほうだと思わず首を傾げる。
「ええ!? ルーカス、そんな顔もできたの!?やっぱり可愛い! ……悔しいけど、ソラくんのおかげかなあ」
「私が可愛いというのは、違うのでは?」
「違わないよ。ソラくんにだって言われてるだろ?」
「それは…………」
「可愛いっていうのは、ひとつじゃないんだよ。そうだな……例えばおれは最近のルーカスを見てるだけで嬉しくて、もっと見ていたい。そういう感情?」
「嬉しい………?」
「ほら、おれの顔見てよ? 嬉しいんだよ。ソラくんも、こんな顔するだろ?」
「はぁ…………確かに」
今のルカ様のように目を細めた柔らかな表情は温かくて、確かにソラ様も同じような表情をよく浮かべていらっしゃる。
「なんだろうな……心が温かくてふわふわして、勝手に口元が緩むことってあるだろ? それが嬉しいってこと」
「そうですか。しかし、可愛いというのは……」
「うん、ルーカスは可愛いよ」
少し考えたあと、ルカ様はまた『嬉しい』お顔で私が淹れた紅茶をゆっくりと味わっていた。
「あ、いつも言ってるけど……おれにも気を遣わなくていいからな?ルーカスが淹れてくれるお茶は美味しいからついつい甘えちゃうんだけど」
「いいえ、ルカ様がそう仰って下さるだけで……私も『嬉しい』ですから」
「…………ルーカス、ほんとに!? うん、おれも嬉しい、いつもありがとうな」
そう仰っているルカ様はとてもキラキラと輝いていて、もっとずっと、見ていたかった。
「ルカ様…………とても可愛いです」
***
「おかえりなさいませ、ソラ様」
今日も私は、いつものようにソラ様を出迎える。
「ただいま」と仰るその表情はとても嬉しそうで。
その意味を知ってみれば、心が温かくてふわふわするような心地になるのは私も嬉しいということなのだろう。
そんなことに今更気付いて、自然と口元が緩んでいくのを自覚した。
なんて可愛いのだろう。
ソラ様はときどき私に「可愛い」と言いながら口付けをされることがあるが、今ならその気持ちが少しわかる気がした。
「ソラ様、今日も可愛いですね」
「え………………??」
ソラ様が私にして下さるように、私も「可愛い」を伝えなければ。
そんな使命感でソラ様のお顔に手を伸ばし、そっと口付けると私の中が「嬉しい」でいっぱいになっていく。
「え? …………ええ〜〜〜〜!??」
何故だか口元を手で覆いながら真っ赤になっているソラ様には既視感を感じるが、そんなお姿もとても可愛く見えてくる。
「ソラ様も、いつも私にこうして下さるでしょう? 私もソラ様が可愛いと思いましたので、お返しさせて頂きました」
「う、うん……? ありがとう……?」
「すみません、何か間違っていたでしょうか」
「ううん……いや、嬉しいんだけど……ほんとにお願いだから、僕以外にこんなことしないでね……!」
「もちろんです、私にそんなことをするのも、ソラ様だけでしょう?」
「うぅ……それはそうなんだけど……あぁ逆に心配だ…………」
そんな心配、必要ないのに。
私に可愛いと囁いて触れてくるのはソラ様だけで、その気持ちをお返ししたかっただけなのだから。
ソラ様が私を大切にして下さることが、とても嬉しいことだと知ったのだから――――
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