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引っ越し
のどかな田園風景が続く道を武藤なつめはただひたすら車の窓から見つめていた。
「あっつ」
後部座席でそう声をこぼすのはなつめの弟、光一だ。
「仕方ないでしょ!安い車なんだから!後ろまでエアコン効くまで時間かかるわよ」
運転しながら母の宏子は言う。
真夏の車内の温度は最悪だ。運転席と助手席はダイレクトに風が来るが、後部座席は暑くてたまらない。
「でも暑いよね」
と、同じく後部座席に座る妹の菜々花はうちわで扇ぎながら項垂れた。
「二人とも我慢しなよ。もうすぐ着くんだしさ」
なつめはそう言うとスマホの電源を軽く入れ、きていたメッセージを確認する。
「あー!また陸人さんとやり取りしてるー!」
陸人とはなつめの彼氏の德田陸人である。なつめと付き合いはじめて一年と三ヶ月。現在進行形でラブラブである。
「うるさいなー」
口を少し尖らせ返信内容を打つ。
「まあまあ、いいじゃないの~。そのうち菜々花にも素敵な人出来るわよ」
宏子はクスクスと笑った。
ふと光一が「もう引っ越し業者到着してんのかな?」と尋ねた。
「そうねぇ……」と宏子は車内の時計を確認する。
「多分五分前には着くわよ」
と宏子は言った。
閑静な住宅街にまだ見た目には新しげな白い壁とグレーの屋根の一軒家。
宏子は自宅前の駐車場に車を入れると、タイミングよく引っ越し業者も到着した。
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