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不穏のカケラ
その壁と壁の間の一層、暗い小径に
足を踏み入れた瞬間、あたしは何者かに
腕を掴まれそうになる。
後ろを見ちゃダメと、
カオリちゃんに言われていたのに、
ヤダ!一瞬、視界に入ってきたじゃない!
それは、がっちりと密度の高い男の腕だ。
はめられていた白い文字盤の腕時計、
それだけが、パニックな私の脳裏に、
ヤケに明瞭な記憶を残す‥‥。
「きゃあーーーっ!」
距離的には大したことないはずなんだけど、
それでもやっとの思いで、
さっきから見えていた明るみに身を投げ出せば、
果たして其処は、驚愕の風景だった!
言わば、振り出しに戻っていたのだ。
え?おばあちゃんの家が目の前にあるなんて!
つまり、転校してきたあたしが、この2学期から
住まわせてもらってる、この祖母の家と、
隣の小池さんとの家の間から飛び出して来た、
というわけで。
「カオリちゃんっ!いったいこれはどういう‥‥」
と振り返るも、カオリちゃんは居ない。
「あれっ、カオリちゃんっ!カオリちゃん、どこ?」
その上、なんと家と家の間に、あたし達が
通れるほどの小径なんて、無い?無いじゃないっ!
其処には、30cm程度の僅かな隙間しか、
存在していないのだった。
愕然とする、あたし。
そこへ、門扉からおばあちゃんが、ちょこっと
顔を出して、こんなことを言う。
「なつめったら、どうしたの大きい声出して?
それより、あなた忘れ物したでしょう?それも
ランドセルをバス停に忘れたって?
安心なさい、さっき、担任の先生が、
届けて下さったよ!」
「‥‥‥‥。」
隣家との隙間を盗み見ると、
誰かが立っているようなシルエットを感じたが、
当然、人間が入れる場所じゃない。
アイツは、この狭い狭い隙間にとうとう封印されて
出られなくなったと、思いたい、あたしだ。
「早く、家に入って手を洗いなさいよ。
葡萄を買って来たのよ。」
おばあちゃんは、絶えず喋っている。
「そうそう、
担任の先生、親切で優しそうじゃないの、
若い男の先生なんだね、今度は上手くいくわ。
なつめは、何かと勘が鋭い子だから
前の女の先生とは、相性悪かったんだね‥‥」
裏庭の向こうは、他家が連なるだけで、
雑木林など、むろん存在せず、
まるで不穏のカケラも見当たらない。
そんな土曜日の夕刻のこと、
居間で平和に葡萄を食べながら思う、
あたしは夢を見ていたのか、と。
カオリちゃんとは、また月曜日
バス停で会えるのだろうか?と。
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