オレンジに溺れたい

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 憂鬱な気だるさを含んだ、重たい夏の空気が部屋を満たしている。部屋に備えつけられたクーラーはだいぶ前に壊れてしまって使えない。そんな蒸し暑い部屋で、扇風機の吐き出す生ぬるい風に吹かれながら、佐間田作(さまだ・さく)は、いつの間にやらせんべい布団と化してしまった薄っぺらな布団に横になっていた。  暑すぎてなにもやる気が起きないのだ。クーラーだってそろそろ直さないといけない。でないと、いくらここがコンクリート地獄の都会よりいくらか涼しい田舎だとしても、本格的な夏が来てしまったらさすがに乗り切れないだろう。  そんなことを思いながらも結局、作は布団から体を起こさずにまた目を閉じてしまった。  都会に比べると、田舎はうるさい。  ミンミン。  ジリジリ。  シュンシュン。  ケレケレ。  虫やらなんやらのお喋りは、とどまるということを知らない。そして、そのお喋りを一喝するように、時折鶏の鋭い鳴き声が聞こえてきたりもする。田舎はとにかく、すごく賑やかだ。  と、窓をトントンと叩く音がする。作はゆるりと目を開いた。そのまま目だけで窓を見やる。  作の部屋は一階にあるから、そこから見える地面はあまりに近い。でもその一方で、都会のように景色を塞ぐものもないから、青い空も同じくらい近く見える。そんな開け放った窓から、にゅいっと見慣れた男が顔を出した。男は桟に黒く焦げたたくましい腕をつき、呆れ果てたような目で作を見下ろしてくる。そんな視線を受けてやっと、作はゆったりと体を起こした。 「まあだ寝てたのけ」  すると男はそんなことを言う。作は唇を不機嫌に尖らせた。 「その焼けつき歯の訛り、やめてよ」  作がそう言うと、男はへへっと笑った。それから、慣れた様子で桟を越えて部屋へと入ってくる。ひょいと足を持ち上げるときに、男は器用に履いていたビーチサンダルを外へ振り落とした。それから着ていたTシャツの裾で額の汗を拭う。 「お茶くれ」 「はいはい」  男の要望に促されるように作はようやく立ち上がると、長い髪を手櫛でとかしながら手首に着けていたヘアゴムで適当にうしろでひとつにくくった。冷蔵庫へと向かう。そうして作が冷蔵庫から作り置きの麦茶を出している間に、一方で男は、先ほどまで作の寝ていたせんべい布団を窓の桟にかけ、空けたスペースに部屋の隅に立てかけてあったちゃぶ台を置いた。 「しかしまあ、よくこんな暑い中で寝てられるな。クーラーはまだ直してないのか」 「うん、そのうちね」 「出た、作のソノウチソノウチ詐欺」 「うるさいな」
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