かげろう茶屋

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 旨い。  外側の皮は舌先にピリリとくる塩辛さがあるのだが、中に包んである餡がそれを掻き消す。  それどころか、餡の甘みをより引き立てており、これまでに体験したことのない味わいなのだ。これはなんというものなのだろう。  団子のほうはどうかといえば、こちらも変わっていた。  男が知る団子といえば、タレや餡が乗っているものだが、これは内側に隠されている。親指ほどの小さな団子ひとつひとつに、そんな手間をかけているのかと思うと感服だ。 「おかわりはいかが?」  女の声はひどく楽しげだ。思わず視線をやると笑みを浮かべた顔と出合い、男は視線を逸らせた。  甘味をむさぼる姿を見られるのは、いささか具合が悪い。大勢いる客のひとりならまだしも、今は男ひとりだけ。  その心中を察したか、女は声を柔らかくして告げる。 「峠の茶屋を利用するのは、殿方ばかり。それも長旅に疲れた方が多いのは必然ね。疲労には甘いものがいいの。まして今は汗を掻く季節。塩辛いものだって大切よ」 「そうなのか?」 「あなたがこれからも旅をするのならば、きちんと学ばなくてはいけないわ」 「面目ない」  項垂(うなだ)れる男に、女は続ける。 「いいの。ここは、そんな方に一服していただくことが目的で作られた場所だもの。あなたはとても幸運なのよ」 「たしかに幸運なのだろうな。いきなりの雨にたいそう困っているところに、この場所を見つけたのだから」 「そうよ、雨のおかげ」  雨のせい(・・)ではなく、おかげなのだと笑う女は、雨に似つかわしくない明るい声と笑みを浮かべている。  滝のような雨は屋根や壁を叩き、バタバタと音を立てる。  男にとって悪天候は仕事の(さまた)げになるもので、常ならば忌々しく思う事象だが、今は不思議と穏やかだ。
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