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旨い茶と、菓子。
話上手で聞き上手な看板娘――いや、女店主なのか。店を切り盛りしているのは、女ひとりなのだという。
このような場所で店を構えて、危険はないのか。付近には人家もなく、もしも夜も更けたころに誰かが通りかかり、明かりを頼りにやってきたとしたら。
それが不届き者ではない可能性は、ないとも言いきれないではないか。
「大丈夫。この店は四六時中開いているわけではないし、そんな心根の方がやってきたとしても見つかりっこないわ」
「なんとも気楽に言うものだな」
「私、かくれんぼは得意ですのよ」
茶目っ気に笑う女は、まるで幼子のようでもあり、まったく年齢を探れない。不思議な魅力を持つ店主である。
打てば響くようなやり取りで、時刻を忘れてつい話し込んでしまう。
気づくと戸外は明るくなっていた。灰色に覆われていた空も薄まり、青さを取り戻しつつある。
「あら、時間切れね」
「わずかな間だが、世話になった。助かったよ。感謝する」
「感謝するのはこちらだわ。お客様は久しぶりだったから、私もとても楽しかった。ありがとう」
荷の中から新しい草履を取り出して、履き替える。
旅の途中で飲んでちょうだいと渡されたものを替わりに仕舞い、出立の準備が整った男は扉の前に立つ。名残惜しい心持ちで振り返り、立っている女に告げる。
「帰りもここを通るつもりだ。また立ち寄ってもいいだろうか」
「……そうね、もしも機会が訪れたら」
「必ず寄る。旨い茶を楽しみにしている」
「いつか会えることを祈っているわ」
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