2

1/1
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

2

 そうこうしているうちに数日経ってしまった。山を崩す勢いで稼働していたスバルも、こうも連日使われ続けると疲労でフラフラになってしまう。幸い発生した部下の案件もてこずらせるものではなく、営業が放置しそうになった先方のメールを代理で返す位には仕事量も落ち着きだした。  腰痛軽減の座り心地がいい椅子ごと身体を後ろに伸ばして、緊張を解す。痺れも上乗せされた痛みに鼻から息が抜けていく。隣の席から「んなエロい声出すんじゃねぇ」とクレームが飛んできた。デスクの島にはスバルと侑二以外にはおらず、離れたところで請負業者や取引先と通話する様子が伺えた。 「侑二さんしか聞いてませんから大丈夫です」 「へーへーお前のお眼鏡には敵わなくてよかったわ」 「そんなことないですよ。侑二さんが良ければこの後駅前のホテルに行きましょ?」 「た・わ・け。お前は良くても俺はおいそれと見られるわけにはいかないんだわ。これ以上彼女に不審がられたらたまらん」  誘いは光栄だが、と続くあたり彼女に誠実ではない。そう指摘する者は残念ながら此処にはいなかった。パソコンの時計は20時を超える。スバルの脳内は明日と今夜のスケジュールを組み立てていく。このまま飲みに行って引っ掛けられたら最高、そうでなくても酒を飲んでストレス解消できればそれはそれで構わない。とにかく仕事から解放された実感が欲しい。退勤のコードを入力してデスクを片付け出したスバルの行動は浮足立っていたようで、侑二の視線は呆れが入る。 「お前、いい加減セフレでもいいから特定の相手を作れ。前回のような失敗をしたくないだろうよ」 「人の楽しみに茶々入れないで下さい。この間は飲み過ぎて判断落ちしてたんです。節度間違えなきゃ大丈夫です」 「いつも飲み過ぎてる奴が何を言う」 「もう、分かりました。4,5杯飲んだら帰りますって」 「……ホントに気を付けろ。そろそろ変な奴に捕まるぞ」  するりと手首を掴まれて、スバルは侑二を見た。いつになく真剣な忠告にぐ、と息を詰まらせる。  宣言通り追求されて、先日の失敗を吐いて怒られたのはまだ記憶に新しい。侑二は入社してからの仲だが、スバルの性癖を知っても関係を維持してくれた貴重な存在だ。かといって容認しているのではなく、時には頻度は下げろと諌められたりもした。危うい綱を好んで進むスバルにとって、侑二は丁度いいセーフティネットになってくれている。 「相手のテリトリーに入るという事は中で何かあっても助けにいけない」のだと言われてしまった。流石に心配かけてしまったと反省せざるを得ない。本来ならもうそんな遊びなんて止めてしまえと言われてもいいのだが、バイで浮気性な侑二も大概ズレていた。  それでも人からの施しを嫌うスバルには良い塩梅の心配だった。なので、信頼する侑二の言葉もすんなり受け入れられた。 「了解です。今日は少し飲んで帰ることにします。その代わり今度は一緒に行きましょ」 「……全くお前は。週明け空けておけよ」 「彼女さんも良かったら」 「行かせんわたわけ」  真剣な空気は互いの軽口と手首の開放で霧散した。鞄を手に一礼して職場を後にするスバルを横目に侑二は見積書を纏めていく。  今日はまっすぐ帰れと言いたかったが、それではスバルは聞かなかっただろう。スバルを理解しての折衷案を選んだつもりだ。そこに落ち着いてくれて侑二はやっと一息付けたのだった。  しかしそれは悪手で、更に言えばもはや手遅れで。  全てを知って膝を崩す羽目になったのは週明けになってからだった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!