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いやだ。嫌だ。死にたくない。こんな風に死にたくない。こんな所で死にたくない。死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!
「……止めろぉぉぉぉぉぉっ!!」
山刀が振り下ろされようと言う瞬間。
世界から音が消えた。
ただ自分の心臓が脈打つ音だけを感じて、鈍い切っ先が迫ってくるのを不思議な心地で見つめていた。
不意に。右目の奥で何かが弾けた。
大きく見開かれていた眸が膨れ上がり、それを食い破るようにして自分の中で生まれた何かが飛び出してゆく。
燃え盛る炎が一瞬で大工を焼き尽くし、鳥が羽ばたくようにゆらと震えてそのまま辺りの火事場に紛れた。
「……!?」
恐怖に叫びだす暇も無く。次の瞬間、とうとう屋根を支えきれなくなった柱が崩れて、大工のなれの果ては倒れこんだ壁の下敷きになっていた。
「……っ」
熱い。体中が熱い。心拍があんまり早くて息をする事すらままならない。
痛い。右目では何も見えない。痛くて熱くて泣き出したいのに、何も感じない。
ばちっ! 家が爆ぜる音がレーキを正気づかせた。
ここにいちゃだめだ。逃げなくちゃ。逃げなくちゃ。
レーキはよろよろと立ち上がる。腕にも足にも傷は無い。奇跡的な事に。ただ体中が熱くて、内側から燃え上がっているように熱くて、呼吸をする事さえ苦しい。
倒れてもなお燃え盛る家の残骸に阻まれて、残りの村人は立ち往生している。
今を逃せば、直に空を飛べる若者が瓦礫を越えてこちらに来るだろう。
レーキは村を囲む山に向かって走り出した。
追っ手を確かめるために振り返りもせず、何度も転び、ただひたすら森の中を走り続けた。
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