第1話 山の村の赤子

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 それは気味の悪い赤ん坊だった。生まれたての癖に髪も(はだ)もやけに白くて、腫れぼったい(まぶた)の奥には茶とも赤ともつかない潤んだ(ひとみ)が隠れていた。  一日の大半を眠ってばかりで、声を上げて泣いたとしても他の赤ん坊のように騒々しくはなかった。  そういえば生まれて直ぐに死んでしまった一番小さい弟も泣き声は弱々しかった。こいつ、長生きは出来ないだろう。旅人は思った。  道の向こうに深い藪を見かける度、いっそこのまま捨ててしまおうかとそんな考えが脳裏によぎる。  だが赤ん坊はとても小さくて、そのまま野の獣に喰わせてしまうのはあまりにも不憫で。  旅人はぶつくさ文句を言いながら、それでも赤ん坊を捨てずに山奥の小さな村まで運んできたのだった。  その村には名が無い。 『山奥の行き止まりの村』だとか『山の村』だとか呼ばれていて、村人たちも近隣の住人もそれで困りはしなかった。  地図の上でこの辺りはグラナート国のテルム山地と呼ばれていたが、ぐるりを山に囲まれたこの村の人々にとって山はただ『山』だった。  北の山には水源があって、遠く霞にけぶる山々から降りてきた水は村を半分に分ける細い川になる。川の両側は長い間に柔らかい土が削り取られ、切り立った崖になっていた。  川は南の丁度谷になった辺りからさらに南を目指して下ってゆく。海に行き着くまでにさまざまな名で呼ばれるその川もまた此処ではただ『川』と呼ばれていた。 『川』の上を何かが飛んでゆく。あれは背中に羽を持つ人々。鳥人。アーラ=ペンナだ。  アーラ=ペンナは古代語で「鳥の羽根」を意味する。彼らは体に鳥類の特徴を備えた種族で人間達からは「鳥人(ちょうじん)」と呼ばれ、南の国に多く住んでいる。『山の村』に住む者は全てが鳥人だった。  空を飛べない者は彼らにとっては『地を這う者』。(さげす)みの対象だった。  そして彼らは迷信深い。特に水を象徴する黒い色は、炎を司る赤竜王(せきりゅうおう)を崇める鳥人にとってはもっとも忌むべき色だった。  良い面を見れば信心深く、もう一面では迷信に陥りやすいのが彼らだった。  旅人に背負われてきた赤子は『川』の西側にある家の夫婦に貰われた。  僅かな金に目がくらんでその子を養子に貰うと言ったペールというその夫婦に子はない。二人の年の頃を見ればこれから生まれる可能性も低かった。  旅人は厄介な荷物をおろせて清々したと言った顔でペール家を後にする。 「……こんなの貰っちまってどうするんだ? 気味の悪いガキだぜ」  夫が呟くと妻はにぃっと歯をむき出して笑った。 「決まってるだろ。ちょいと育てて仕事をさせるのさ。育ててやった恩を返させるんだよ」  おーよしよし。大きく泣くこともない赤子を持ち上げて、彼の背にある羽の色を見ると、妻は自然に呪い除けの印をきった。  赤子もまた鳥人で、彼は月のない夜と同じくらい黒い羽根を持って生まれてきたのだった。
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