第1話 山の村の赤子

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 秋の森はとても穏やかで、ほんのりと湿った空気を吸い込むと枯れた葉っぱの匂いがした。  この辺りは赤く色づいて葉を落とす木ばかりが生えていた。ちらりちらりと木漏れ日が葉を落とした寂しげな梢の向こうで踊っている。  地を這うつる草に紫と赤が入り混じった小さな実が成っているのを見つけて、レーキはそれを拾っては口に運んだ。味はない。虚ろでも()んでいるような感触だった。  腹いっぱいになるほどの量はない。ただひもじくて、何でもいいから食べたかった。  もう少し山の奥に分け入れば、甘い実をつける灌木(かんぼく)があるはずだ。そこまで行こう。  枯れた木が倒れているのを探しながら、レーキは橇を引いて山道を登って行った。  薪で一杯の橇は重い。力には自信があるといってもレーキは子供だ。歯を食いしばり、汗だくになって薪を運んだ。  灌木になる実はあらかた誰かに取り尽くされた後で、残っていたのはまだ小さくてすっぱい若い実だけだった。えぐみのあるすっぱい実を、それでもいいから摘んで食べた。こんなんじゃ、腹の足しにもならない。でも食べないよりはましだ。  ぐるぐると空腹を訴えて鳴く腹を抱えて、薪に出来そうな木を探す。倒木は見つからなかった。  仕方なくあまり大きくは無い裸の木を切り倒した。  橇一杯に薪を積んでも、一度では薪小屋の半分にも満たない。二度、三度、終いには足取りをふらつかせながら薪を運ぶ。  今日はまだ何も食べていない。腹の虫が鳴く度気力が萎えた。  レーキは同じ歳の子供に比べると、ずっと小柄だ。ろくろくものを食べさせてもらえないせいで、伸び盛りに入っても体重はおろか身長も中々増えてゆかない。  家から森へと向かって空の橇を引きながらレーキは細い溜め息をつく。  夜は食わせてもらえるといいな……。  昨日は昼から飯抜きだった。目が気にくわないとといって養父が腹を立てたせいだ。  ──捨て子の癖に感謝をしらねぇ。かわいげのないガキだ。そんなだから実の親にも捨てられるんだ。  罵声と一緒に拳が飛んでくる。 『お前は薄汚い捨て子なんだ』  幼い頃から、幾度と無く言われた言葉。その後は決まって恩着せがましい台詞が続く。 『育ててもらって感謝しろ』と。  養父に殴られた頬は酷く痛んだが、もう泣く事はなかった。顔も心も固く石になってしまえばいいと思った。傷つかぬように。  森に戻る途中で、小耳に挟む。近くの村に盗賊団が出たと。  数人の大人たちが集まって深刻そうな顔で話し合っていた。隣を通りすぎた時、聞くとは無しに耳にした。 「……半分くらいは殺されたとさ。一切合切もっていかれたと」 「何ともおそろいじゃないか……嫌だねぇ」 「この村も危ないかもしれん……何せアレが……」 「しっ……噂をすればだよ……」  立ち止まって聞き耳を立てているレーキに気づいた一人が鋭く合図する。  大人たちは顔をしかめて呪い除けの手をすると、こそこそと散っていった。 「……」  ──ふん。みんな盗賊にでもやられちまえばいい。  レーキは唇を噛んで空を仰ぐ。時刻は早夕刻に近い。急いで言いつけを済ませてしまわなければ。
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