括る運命の糸はか細く

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 賑やかな声が遠い離れにいても聞こえてくる。きっと酒を昼間から飲んで出来上がった人も多いのだろう。楽しそうで何より。だけど解散の目途はまだ当分先になりそうで、義兄の苦労を思って嘆息した。  今日は普段は競合している会社との大事な会合があるのだと、義兄が言っていた。本来なら義理とはいえ、次期当代の弟である僕も出席するべきだ。だけどこの一族を代表する人達はほとんどがα‬だし、相手会社も上の立場なら同様の割合だろう。  そんな中でΩの僕がいたら「どうぞ襲ってください」と言っているようなものだ。義兄からも部屋から出ないよう言われてしまったので、今日はこの離れに篭って大人しくすることにした。いくつか持参した読みかけの本を開いてソファに沈む。    離れにいることは珍しくない。こんな何かしらの集まりがある時は此処で過ごす。義兄は申し訳なさそうにしているが、それ以外は当然と言わんばかりに憮然とした表情で促してくる。そもそも義兄が本家に戻る条件として僕を連れる事にした時も大いに揉めたのだ。暫くしてその理由を聞けばΩをこの家の一員として認めたくなかったのだと。それを義兄は運命の番だからと押し切ろうとしたけど、結果として義兄と僕は義理の兄弟として認められたものの、番に関しては若気の至りの可能性もあるだろうと保留となった。  未だに僕の存在を納得していない人は多い。今日も使用人の一人に「このまま本邸に戻らなくても良いのに」と面に向かって言われてしまった。しっかり義兄といない隙に言う辺り汚い大人の心が見え据えて嫌になる。そして、義兄の嘘に否定せずに依存する僕自身も嫌いだった。        そんな気分を払拭するように僕は本に没頭していた。Ωである僕は物覚えが悪く、教えてもらおうにも一苦労させてしまう。根気よく教鞭を奮ってくれるいい人なんてそう多くなく、性差を理由に匙を投げた。特に義兄に連れられてこの家に住み込んでからは人からの教育なんてもう期待しなくなった。  本ならば何度読み直しても怒ることもなく変わらずに、必要な知識だけをくれる。どんだけ繰り返しても態度を変えない本が好きだった。そう、どんな時にも、変わらない本が好き。   「……ぅ。き、た」    予定通りにじくじくと身体が火照りだす。弱火だった疼きに気付いてしまったら一気に加熱するこの感覚は、いつになっても慣れることはない。無心で本の段落に視線を滑らせていたけど、さっきから同じ箇所を繰り返し読んでしまっていた。ボンヤリした頭では往復しても理解してくれなくて、僕はとうとう諦めて本を閉じた。    サイドテーブルに本を置いて背中に敷いていた大きめのクッションを抱き抱える。顔を埋めて視界を閉じて、浅い呼吸音に集中する。  ヒートの周期は把握していた。もう衝動を緩和する抑制剤も飲んでて、後はこの欲熱に耐えるだけ。今夜にでも耐え切れれば、義兄も手伝ってくれるだろう。  そう、手伝ってくれる。まだ正式に番になれていない僕らは、セックスを出来ないでいた。僕が発情期に初めてなった時、義兄は痛ましげに慰めてくれた。それはとても満ち足りたものではないけど、兄弟で居続ける兄に項を噛んでと強請るなんて出来ない。  そう考えてしまうのは、きっとまだ僕は夢を見ているからだろう。     「ふっ……ん、ん」  クッションに噛み付いてみっともない声を殺す。溢れる涎が布地を濡らしていく。身悶えるほど全てが熱い。特に身体の中心に熱が集中してて、もうズボンを押し上げていた。腰が揺らめく度にズボンとクッションを擦って甘い刺激となって全身を巡り、喉が自然にクゥ、と鳴いた。  声、抑えなきゃ。ふ、ふ、と浅い息を繰りす。本当は深呼吸が良いだろうけど、そうするとあられもない声が出てしまいそうになる。殻に閉じ篭るように、膝をも抱き締めて丸くなってソファに崩れ落ちた。   また、僕の悪い癖が出ていた。生理的な涙もクッションに吸い込ませて、縮こまって周りを遮断して。  ヒート中とはいえ、自分ばかりに気を取られていて、近付く存在に気付かなかった。  
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