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そこで駆け落ちカップルが挙式をする事で有名なところだった。
「無理ですよ。何をおっしゃっているのですか」
「ヒューは、わたしの事が嫌いなの? そんな事はないわよね? 子供の頃、結婚してあげるって言ったわ」
「もちろん、大好きですよ。お嬢様は大切な友達です。だからこそ、僕は駆け落ちなんて出来ません」
「叔母を裏切れないって事なの?」
てっきり、そういうことだと思っていたのだが、彼は、言いにくそうな顔で打ち明けている。
「実は、内緒にしている事があるのです。いずれ、お嬢様にお話をしようと思っていたのですが」
妙だわ。ジッと横目で見つめていると、彼は、私から視線を微妙に逸らしながら低い声で呟いた。
「実は、僕は、もうすぐ父親になるのです」
困ったような口調ね。
「一年前から、付き合っています。先月、恋人が妊娠したことが分かりました。恋人の父親が僕のことをひどく嫌っています。それで、なかなか言い出せなくて……。明日、殴られる覚悟で彼女の父親に打ち明けようと思っています」
「相手は誰なのよ!」
まさか、場末の娼婦じゃないでしょうね。あなたが好きなら仕方ないけど、だけど、やっぱり、そんなの納得できない。だって、あなたの子だという保証はないのよ。
「わたし、実は、前に、あなたの家の近くまで行ったわ。あなた、煙草入れを質に入れていたわね。その近くに娼館があったわ。相手は娼婦なの?」
「ち、違います。指輪を買う為に質に入れたんです。僕が愛した人はごく普通の家庭の娘さんです」
「誰なのよ」
「まだ言えません」
でも、頬がタルンと幸せそうに緩んでいる。本当は、嬉しくて誇らしいのね。
「僕は、あの人を愛しています」
私は色々と不愉快でプスプスと黒い物が胸を燻している。
「ヒューったら何なの。秘密にしていたなんて酷いわよ。わたしはオネショの悩みさえも正直に打ち明けてきたのよ! 結婚してくれるって約束したじゃないの!」
「お嬢様にも本気で愛する相手が現れますよ」
「駄目よ。それじゃ遅いのよ!」
エミリーをあんな形で傷つけた事が心に引っ掛かっている。ユリウスの口付けも心を乱している。こんな状態じゃ冷静になんてなれやしない。
一人でいると、ワーッと叫びたくなる。ちょっとしたパニック状態になってしまっている。
「とにかく、ここにいたくないのよ。外に出るわ。馬の鞍を装着してくれるわよね?」
「散歩ですか? お供しますが、今夜は行くところがあります。あまり長くは出られませんよ」
「いいえ。あなたは来なくていいわよ。わたしは一人でも平気よ。気晴らしに散歩するわ。もう、いいわよ」
ユリウスはお茶を飲みに午後四時頃にやって来る。その間だけ屋敷から離れていればいい。彼の声が聞こえないところに行きたい。
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