第一章 ユリウスとの出会ったあの日

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 どう接したらいいのか分からず、ぼーっとしていると、彼が木陰へと踏み込んできた。覆いかぶさるように顔を覗き込まれてドキッとなった。なぜかしら、彼の青い双眸が不安げに曇っている。えっと戸惑っていると、彼は、視線を絞るようにして問いかけてきた。 「もしかして、耳が聞こえないの?」 「あっ、い、いいえ、すみません。ちゃんと喋れます」 「ああ、良かった」  安堵したように滲ませる彼の笑顔が眩しくて目線を斜めに逸らしていると、彼が言った。 「君、先刻、果物をとろうとしていたね」  長い腕を伸ばすと、マンゴーの実をもいでから手渡してくれた。なぜたろう。やっぱり、彼は、相変わらず面白そうに私の顔を見つめている。    「可愛いらしい花冠だね。君の黒髪と緑の瞳に似合っているね。一瞬、果樹園に妖精がいるのかと思ったよ」 「妖精?」  私は裸足だ。しかも、色とりどりの花冠を載せている。もしかしたら、頭が変だと思われているのかもしれない。不安になっていると、彼は、優しく微笑み、私を包み込むような柔らかな声で呟いた。 「今朝、巡視艇で入港したんだ。僕達は新大陸の南端にあるポート港へ向う途中なんだ」    セントマリー島は自然豊かな素朴な島だ。新大陸と旧大陸の中間地点にあり、主な産業はサトウキビ栽培と漁業である。アルスラ帝国は、辺境のの島を補給地の要所に定めており、沿岸部の倉庫に石炭を備蓄している。  ここの軟水はとても美味しいと評判だ。船乗り達は、この島で束の間の休息をとると息を吹き返す。  それにしても、なんて凛々しい若者なんだろう。金色の巻き毛は太陽に溶け込むように輝いていて神々しい。脚が長くて背が高くて若木のように伸びやかだ。綺麗な顔と逞しさが見事に融合している。そんな彼が瞳を弓なりに細めながら告げた。 「海軍音楽隊主催の音楽会の招待状をお宅に持ってきたんだ。あさって、総督官邸で園遊会が行なわれるからね。郵送じゃ間に合わないと思って渡しに来たんだ」  彼の首筋には細やかな汗の粒が滲んでいる。熱帯特有の湿気を含んだ独特の暑さに参っているみたいだ。ふうと疲れを吐き出すように呼吸すると、眉間を寄せて呻くように呟いた。 「やっぱり、この島は日差しが強いし湿気も強いね。砂漠の暑さよりキツイね」  砂漠って何だろう。  私は、この島で生まれたから本土から来た人達のように熱射病で倒れたりしない。でも、この人は暑さに押し潰されそうになっている。 「あの、お水をさしあげます。井戸で顔と手首を洗って熱を冷まして下さい」  私は、誘うように邸宅の裏の繁みの向こうを指差すと、彼は穏やかに頷いた。 「ありがとう。そうさせてもらうよ」 「こちらに井戸があります。どうぞ、ついてきて下さい」
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