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私が体重をかけて井戸の重たいポンプを押すと、彼は両手で水をすくってゴクリと飲んで、フーッと安堵の溜め息を漏らした。その水は、島の生命の息吹を含むかのように喉に染み渡ったようだ。
「冷たくて美味しい水だね」
彼は、分厚いジャケットを脱いでコットンのシャツ一枚になった。思いの他、二の腕や肩が逞しくて驚いた。厳しい事で有名な海軍の訓練によって鍛えられたに違いない。
顔を洗った彼は、ふうっと心地良さそうに顎を上げると、爽快感を伴う笑みを浮かべながらハンカチで頬を拭ったのだが、そういう何気ない動作や指先が色っぽくてどぎまぎする。
なぜだろう。やっぱり、この人を直視することが出来なくて目線を落とさずにはいられない。
こんなにもハンサムな若者を見た事がない。こちらは緊張しているというのに、彼は寛いだ様子をしている。微笑んだ際に見える真っ白な歯が印象的でドキドキしてしまう。
「お留守番をしているの? 君は、ルイーザさんの親戚の子なの? 年齢は?」
「姪です。十三歳です」
「えっ、もっと幼いのかと思ったよ」
「いくつだと思っていたのですか?」
「ああ、いや、十歳くらいかと……」
きっと、私の背が低いせいなんだわ。父の知り合いの内科医が言うには身長というのは遺伝するものらしい。そして、貴族は食べ物がいいので高身長になるのだとも言っていた。
あなたは、どちらの貴族の子息なのですかと告げたかったけれど、何だか恥しくてモゾモゾしてしまう。
「ダントンから姪がいることは聞いていたよ。確か、君の親御さんは亡くなったんだよね?」
ダントンというのは叔母の夫のことだ。
「はい。父は三年前、母はニ年前に亡くなりました」
三年前、島全体を襲ったサイクロンの影響をモロに受けた。サトウキビ工場の屋根が崩れてしまい、父は下敷きになって即死している。父の死の翌年、もっと恐ろしい事が起こってしまった。腸チフスが猛威をふるい、私の母と母の侍女が亡くなった。
患者は他にもたくさんいて、島の葬儀場に次々と棺桶が運ばれていった。後で分かったことだが、島の外から入ってきた商船り船員が病原菌を持ち込んだようなのだ。
あれ以後、港の検疫の手続きは厳しくなっているという。私は、あの頃の哀しみを奥歯で噛み砕きながら言う。
「母の死後は、叔母と従姉が島に来ました。今は三人で暮らしています」
こんな話をしながらも、使用人を走らせて叔母を呼びに行くべきなのかと悩んでいた。屋外の洗い場でキャッサバの下処理をしている黒人のメイドのダフネがいる。ここから徒歩で教会まで十五分。あの子に用事を頼めばいいいのだが作業の邪魔はしたくない。
「あの、叔母を呼びましょうか?」
「いや、その必要はないよ。執事さんに伝言を頼んでおいたからね」
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