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読み書き、計算、歴史、裁縫、ピアノ、絵画鑑賞。紅茶のカップの持ち方までもクドイぐらいに教え込まれた。その結果、どこに出ても恥しくない完璧なマナーが身についた。彼女は、いつも張り切っていた。でも、私は、彼女の根菜のようにギスギスした風貌と必死さが苦手だった。
『ねぇ、アイリス、侍女にしてみない?』
叔母に言われても私はピシャリと断った。
『あんな口やかましい人が侍女になるなんて嫌よ。息が詰まるわ』
家庭教師としての任期が終わり、帰国することが決まった彼女は浜辺で静かに泣いていた。叔母は彼女を抱き締めて慰めていた。
ミス・ケイシーは身寄りがなくて孤独だった。だからこそ、侍女になりたかっていたのに気の毒なことをした。
そう言えば、ミス・ケイシーは昔の栄華を懐かしむように家宝の指輪を大切にしていたっけ。家族の写真を愛しげに見つめていた事もある。もっと優しくしてあげるべきだった。
駄目だわ。私は、こんなにも未熟なんだわ。
祖母の宝石を手放すなんて私が間違っていた。家族の思い出を簡単に手放してはいけない。
でも、あんなふうにキスをする権利なんてない。キスの感覚がずっと頭にこびりついている。唇を塞がれた時、魂がスッと吸い込まれて消えたようで怖かった。
ああーーーーー。もう、やだぁ!
頭の中から振り払いたくなり、馬尻を少し乱暴に叩いて走らせていく。風と共にモヤモヤしたものを後方へと飛ばしてしまいたい
あの夜、とてもビックリしたのだ……。本当に心臓が飛び出してしまうかと思った。
彼は、優雅な美男子で、きっと色々な世界を見ている。たくさんの女性と話しているに違いない。
もしかしたら、私は、あの人にモテ遊ばれているのかもしれない。
でも、そんな人だと思いたくない。
私の心はグラグラと不安定。色々と迷っている。
妖精の本を見せてくれた時の表情は良かった。警戒心の強い私を楽しませようという気遣いを感じた。それでも、あの人といると怖い。だって、あの人は強引に踏み込んでくるんだもの。
「きゃっ!」
ずっと考え事をしていた。前方を見ていなかった。馬が急に立ち止まった。倒木をよけようとたようだ。変な止まり方をしたせいなで馬が足を傷めたのかもしれないと思い青褪めた。
倒木を迂回して進もうとするが、馬の歩き方がおかしくなっている。私は慌てて馬から下りると愛馬に話しかけた。
「脚を挫いてしまったのかしらね。ごめんなさいね……」
この辺りのサトウキビ畑は収穫を終えたばかりだから、見渡す限り閑散としている。周囲に民家はない。私は野道で困り果てていた。
馬に無理はさせたくなかった。
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