第九章 ユリウスの本音

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 笑ってはいけないというのに、つい可笑しくなってしまい、声に出して吹き出してしまった。すると、彼は、どこか拗ねたように呟いた。 「朦朧としていたら小屋から馬の嘶きが聞えてきて、それで、ここに君がいると気付いたのさ」  ユリウスも、話しているうちに少し落ち着いてきたようだ。 「アイリス、君が無事で良かった」  彼は、疲れたように長い溜め息を漏らすと、私の身体を地面に下ろした。 「心配したんだよ。君が無事で良かった。ところで、オレはどうなってる? 髪も顔もグチャグチャのようだな」  そう言い終えると。澄んだ流れに手を伸ばしてバシャバシャと豪快に顔を洗った。 「参ったな。ふう。身体のあちこちが痒いよ」  腕と首筋に蚊の噛み痕がいくつも浮いている。きっと、この島の草むらに生息する吸血虫にやられたのだ。私は道の脇に生えていた草を引き抜いた。両手に挟んで擦り合わせてから差し出していく。 「汁を塗れば痒みが緩和されますよ。痒い箇所に貼ってみて下さい。楽になるわ」 「ああ、助かるよ。ありがとう」  ニッと笑った。この人の口は意外に大きい。そして、歯がとても綺麗だ。  俯いたまま、グイッと腕まくりをしている。日に焼けた二の腕の筋がピンと盛り上がっている。どうしよう……。一瞬、ドキッとして息を呑む。逞しさに見惚れてしまう。屈強な体躯を見ると心臓がトクトクと早打ちしていく、私の心か爆発して木っ端微塵になりそうなのに、かれは、茫洋とした声で言った。 「……ここも痒いな」  小さなポツポツとは別の、ケロイドに似たような浮腫。 「これは毛虫のような毒虫によるものですね。しばらくは腫れるかもしれないわ。わたしが塗りますね。しゃがんで下さい」  コインほどの大きさになっている。襟足のところがプクンッと大きく盛り上がるようにして腫れている。  指で患部に触れた。鼓動が速まってしまう。トクン、トクン、トクンッ。やっぱり、火事場の警鐘のように私の心臓が鳴っている。 「もうすぐ夜が明けるね。4時半になったよ。ここは朝が早いね」  彼は、銀色の懐中時計を手にしたまま東の空を見上げている。その時、二人の真上の枝先にいた爬虫類が移動した。彼はハッと顎と視線を上げている。目を開いたまま子供のようにパッと指さしている。 「あっ、トカゲがいるよ。やけに大きいね」 「あれはカメレオンよ。面白いでしょう? 色を背景に合わせて変えるの」 「へーえ。そうなのか」  こちらを観察しているかのようにカメレオンの態度はどっしりしている。 「アイリス、君は蚊に刺されなかったのか?」 「蚊寄らずという名前の葉を袋に詰めているの。蚊とダニが近寄らなくなるの。ヒューのおばぁちゃまが教えてくれたものなの」  ふっと、彼が真面目な顔になった。 「君は、どうしたいの?」
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