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第一章 ユリウスとの出会ったあの日
今日は、何かと口煩い家庭教師のミス・ケイシーはいない。確か、眼鏡の度が合わなくなったから眼鏡屋さんにでかけている。
彼女は、いつも、喉元まで詰まった灰色の古くさいドレスを着ている。ギスギスに痩せて、いかにも、オールドミスという感じ。 確か、もうすぐ三十二歳になると言っていた。
お嬢様を一流のレディにしてさしあげますというのが、彼女の口癖だ。
私は、まだ十三歳になったばかりの女の子だから、踝が見える子供向けのドレスを着ている。
乾季に入ってからの島の日差しは一段と厳しいものになっている。日傘や麦藁帽なしでは肌が焼けてしまうけれども、まぁいいわと、真上にある太陽に目を細めながら微笑む。
お行儀なんてどうでもいい。ミス・ケイシーがいない日ぐらいは、何事にも囚われずに自由に振舞いたい。
家畜小屋の周辺の草地をニワトリや豚達が自由に歩きまっている。放し飼いにしているのだ。
草地の真ん中に陣取り、エブロンの上に花を集めていると、いきなり、メェーと、子ヤギが甘えるように私の腕に額を寄せてきた。これはまずい。集めた花か食べられそうになり、私は、サッと身をかわす。
「もう、駄目よ」
子ヤギを柵の向こうへと追い払い、赤と白の花の冠を丁寧に編んで完成させていく。直射日光受けた首筋が焼けてヒリヒリしてきた。何時間もここにいると、さすがに喉が渇く。
菜園に隣接している果樹園に自生しているマンゴーが美味しそうに熟れているのが目に付いた。そうだ。これを食べよう。踵を上げて、精一杯に利き手腕を伸ばしてみたが、惜しいところで届かなかった。それでも焦れたように飛び上がっていると、不意に背後から呼びかけられた。それが、彼との出会いだ……。
「ねえ、お嬢さん」
溌剌とした声にハッとなって振り返ると、プーゲンビリアの紫の花を背に佇む若者がいた。誰だろう。キョトンとしている私と目が合うと柵の戸を開けて近寄ってきた。
とてもハンサムだ。
頑丈な軍靴と銀色のサーベルがピカピカと誇らしげに輝いている。赤の上着に白いズボン。これは我が国、アルスラ帝国の海軍の制服だということは知っている。
制服の袖口の階級を記す刺繍から察するに上級将校のようだ。彼は、エレガントな笑みをこぼしながら告げた。
「初めまして。海軍少尉のユリウス・ボーナムと申します。ルイーザさんは留守にしていると言われたので、訪問カードを執事の方に渡しておきました」
この時間、叔母のルイーザと従姉のコレットは牧師館でお茶を飲んでいる。
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