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恋愛会議 1
「おいおいおいおい!真木も岡本も、全然変わっとらんやないか!」
そう言っておやぶんはふたりの背中をバシバシと叩いた。岡本は「あ、あ、うい、むう」と、おそらく苦痛の声であろう音を発してよろけたが、そんな様子を見てゲラゲラと笑っている。それでもちっとも暴力的に見えないのは、ひとえに親分肌によるものだろう。
この日のミーティングは西田の家で行われた。西田の家は両親ふたりで飲食店を経営しており、日曜日は家にいないから好都合なのだ。
「よっしゃ、話してみ」
どっかとソファに腰を下ろしておやぶんが言うと、僕らは向かい合わせるように設置されたソファに四人で腰掛けた。狭い。
「せっかく来てもろて何やねんけど、聞かせられる話なんか何もないで」
こういう時は真木が進行役となる。真木以外には務まらない、という事実もあるが。
「そうか、まあそれはうちもや」
真木はなんとかヒントを見つけ出そうとしてレンタルDVDショップへと通い、新旧あらゆる名作ラブ・ストーリーを見まくったらしい。さすがは真木である。
もちろん僕らだって何から何まで真木に任せきりなわけではない。映画を参考にしたといえば、した。悲しきかなここが問題なのだが、その結果僕がしたことといえば超人気アイドル、佐々木愛梨と恋に落ちる妄想だけである。しかし、さすがは国民的アイドルである。妄想の中でも手すら握らせてもらえなかった。妄想の中の彼女は駆け引きがあまりにも巧みで、途中からはラブ・ストーリーよりもサスペンス寄りになっていた。それでもマシな方だ。岡本は線路を辿る旅路から、屋根裏から出てきた地図を持って海賊船を探す冒険を想像していたし、西田に至っては漫才グランプリばかり見た結果、恋人に求めるものに「ツッコミのタイミング」が加わった。よって、やはり頼りになるのは真木なのだ。
しかし、その真木も途方に暮れていた。予想通り、ラブ・ストーリーの主人公は超イケメンばかりで、しかも二時間という尺の都合か、僕らが一番知りたい”出逢い”の部分が、大胆かつご都合主義的に省略されていることが多かったのだそうだ。キスも、映画のワンシーンのようなキスには憧れるが、ハードルがあまりにも高い。ハリウッド映画などでは出会ったらすぐにキスをするが、そんなことは現実の日本では起こりえないことと思われる。もし、仮にできたとしても、間違いなくあとから怖いオニイサンが出てくるパターンだ。
出会いたい、恋がしたい、したくて仕方がありません、神様どうかお願い、という男子が主人公の映画もあるにはあるが、そういう映画はハチャメチャなコメディ映画で、参考にはならないらしい。僕らのキャラクターを考えると確実にそちら側なのだが、それを認めては健康優良高校生ではないから認めないことにした。僕らが憧れるのは、あくまで「ステキな映画のような恋」なのだ。
結局、「今の時代にDVDをレンタルする学生は珍しい」という理由で店員たちに顔を覚えてもらい、映画マニアだと勘違いされ、最近なんだか妙に可愛がられる、一昨日もオススメの映画を教えてもらった、という報告になってしまった。
「まあ、そんなもんやろ」
おやぶんが腕組みして言った。二人がけのソファに座り、腕組みをするおやぶんは、どう見ても親分そのもの、威風堂々たる姿だ。
「せやから、せっかくやけど、林田の力にはなれん」
なんだか自分が発表したかのように西田が言った。そもそも、おやぶんの目的は恋バナではない。どうやって彼氏を作ろうか、という話でもない。西田と愛美の間を取り持つべく、偵察に来ているのだ。レンタルショップの話は、あくまで前フリに過ぎない。
「せやけど、せっかく来てもろたんや。女子視点で話を聞けるいい機会や。ここらで一回見直そうや」
真木が言うと、おやぶんの表情が明るくなった。
「そうやな。真木の言うとおりや。まずはゴールイメージを作ろ。あんたら、彼女できたら何したい?」
キスである。接吻である。口付けである。呼び方はなんでもいいからそれがしたいに決まっている。歌詞でしか聞いたことのないような、壊れるほどの抱擁とキスをしたい。しかし、そんなことを言えば、キスよりも先に壊れるほどの鉄拳と衝撃をもらうだろうから、黙っておくことにした。
「はい、じゃあ岡本」
誰も発言しないことに痺れを切らしたおやぶんが突然岡本を指さした。
岡本は飛び跳ねるくらい驚きながら、「デ、デ、デデ、デート」と声を絞り出した。
「どこにや」
おやぶんが詰め寄る。容赦が無い。
「え、ええ、え、映画、とか」
なんとか魂を搾り出した。
「お、鉄板やけどええんちゃうか?」
岡本が安心したように締まりのない笑みを浮かべる。
「はい」
真木が手を挙げた。
「はい、そこの真木」
「水族館に行きたいです」
「お、さすがは真木や。ええとこ突いてるわ。せやけど、好き嫌いは分かれるんちゃうやろか。うちは好きやけどな。美味しいもんは何でも好きや」
水族館と魚屋を勘違いしてはいないだろうか。
「はい、村田。ぼーっとしとったらあかんで。試験は近いぞ」
突然当てられた僕は、慌てながらも咄嗟に「遊園地」と言った。上出来だと思ったが、容赦というものを知らぬおやぶんが深く突いてきた。
「どこのや」
「えーっと、ユニバーサル・ワールド」
ハリウッドをテーマとしたユニバーサル・ワールド・ジャパンは大阪にある日本最大級のテーマパークである。デートスポットとしても名高い。
「お、ええやないか。蒼ヶ谷言うたら張り倒すところやった」
蒼ヶ谷遊園地は僕らが住んでいる街の近くにある古い遊園地だ。一応由緒と歴史ある遊園地なのだが、現在は閑古鳥が鳴いている有様だ。小さい頃に両親に連れて行ってもらったが、どんな乗り物があったのかはよく覚えていない。覚えているのは唯一、なぜか演歌が流れていることだけだった。幼心にもなぜ演歌なのか気になって、あまり楽しめていなかった記憶がある。
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