青春とはなんぞや 4

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青春とはなんぞや 4

 僕と西田は手すりの両端に立ち、岡本の合図で力強く壁を蹴った。新しい流れを生み出したい西田と、それを食い止めたい僕。ふたりとも、これ以上にないほど気合がみなぎっていた。  何の作用が働いたのか、制服の僕はこれまでにないほど勢いよく滑った。科学では解明できない何かが僕に宿ったとしか思えない。それくらいの未体験ゾーンに突入した。  一方西田は彼の宣言通り、制服どころか体操服よりも滑らかに滑った。肌が手すりにあたると摩擦で痛いし、勢いが死ぬことを恐れたのだろう、向き合っている僕からも分かるほど足をせり上げた奇妙な体勢は、シャチホコとしては勢いが足りないが、人としてはありすぎる絶妙な角度だ。  結論を言うと、ふたりとも今までの記録を大幅に更新した。それは良かったのだが、チキンゲームといっても、今までの経験からふたりがぶつかることなど想定していなかったから、急に近付いた相手に驚き、しかし何もできず、思い切り頭を打ち付けた。ゴン、という鈍い音が響き渡った、らしい。僕にはなんだかゴジラの足音のような禍々しいズシンという響きに聞こえたが。  頭をぶつけた痛みに、僕らは思わず手すりから手を離してしまった。手すりから落ちれば怪我は免れない。痛みの中で僕は必死に理性を働かせ、なんとか手を伸ばして手すりを握った。  しかし、理性の働かなかったパンツ男はそのままバランスを崩し、あろうことか階段側に落っこち、そのまま転がっていってしまった。痛々しい光景だったが、なんだか後半の転がり方がわざとらしかったような気がして、僕らは助けに行くことをやめ、しばらく遠巻きに眺めることにした。別におもろないで、という気持ちを込めたつもりだった。  しかし、事態は最悪な方向へと進んでしまったのだ。西田が転がった先には教室があり、間の悪いことにその教室のドアが音を立てて開き、さらに最悪なことに大勢の女子たちが出てきた。体育の授業が終わって着替えを済ませた、僕らのクラスの女子たちだ。  悲鳴と怒号が鳴り響いた。当たり前だ。着替えを終えて教室から出ると、そこにトランクスとパンツ一丁のわいせつ物が転がっているのだから。  なんか落ちてる!  変なもんある!  気色悪いもんある!  女子たちは口々に叫んだ。西田はピクリとも動かない。幸いうつぶせなので顔までは分からない。これが一体誰なのか大体の予想はつくだろうが、トランクスとパンツで廊下に転がっていそうな男子なら候補があと数人いる。顔を見られなければ確証はない。せめて正体だけでも隠し通そうと思ったのだろう、西田はその絶望的状況の中、ピクリとも動かず嵐が過ぎ去るのを待とうとした。近付く女子もいない。勇者だ、西田。普通なら顔を隠して走って逃げる。  しかし、世の中そうは甘くなかった。「想定できる最悪はまだは最悪ではない」と誰かが言っていたけれど、まさにこのことだ。教室の奥からラスボスのように出現した影を見て、僕らはこの状況が絶望的ではなく、正真正銘の絶望であることを確信した。  名前を林田彩という。その立派なガタイと溢れる漢気で、女子たちからは絶大なる信頼を得、男子たちからは一目も二目も置かれ、畏怖と敬意を込めて「おやぶん」と呼ばれる最強女子である。  おやぶんは目の前に転がるわいせつ物を一目見ると、無言のまま蹴りを食らわせた。うっ、という声と共に仰向けにひっくり返った西田の顔がさらされてしまった。無念である。  西田や!やっぱり変態や!  変態や!やっぱり西田や!  タンクトップとパンツ一丁という情けない姿で寝そべり、身動きひとつとらずに女子たちか罵声を浴びせかけられていた。  混乱を沈めるため、おやぶんは倒れて動かない西田の首根っこをつかむと、そのまま物陰に引きずって行った。女子たちの拍手が廊下に響き渡っていた。  少し長くなったが、これが西田がイケメンなのにモテない決定的理由であり、同時に僕らの中学時代を代表するアホなエピソードのひとつだ。  イケメンが素敵な恋をする映画はいくらでもある。でも、変態が素敵な恋をする映画は存在しない。恋への道は、まだまだ遠そうだ。  恋。  思えば重い一文字である。新撰組が「誠」の一文字を掲げたように、僕らは全身全霊をかけて「恋」の一文字を掲げたいと思うのだ。  もう一度確認のために言っておくが、これは変態の物語ではない。僕らの、青春の物語だ。
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