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「家族以外の指紋が検出されたそうだ。ドアノブ等は綺麗に拭き取ってあったそうだが、コップに残っていたらしい」
「この線で間違いなさそうですね。しっかし、コップか」
澤村は首をかしげた。
昼食をとろうと外に出るとそこで上野さんに会った。
「犯人は現場に戻るってな」
小声で澤村が呟いた。
「おい、やめろよ。失礼だろ」
肘で脇腹を突いた。
上野さんは半袖から伸びる長い腕を頭の上にかざした。
「熱いですね。ご苦労様です。何か進展はありましたか」
「いいえ、猫の手でも借りたいぐらいです」
「これだけ痕跡が出ないのなら、やっぱり心中ですか」
彼女の顔を見返した。
「いや、そうとも言いきれませんが」
「そうですか。ドラマでは、さっさと心中として処理してしまうものだと思っていたので」
澤村が愛想笑いと苦笑いの間で微笑んだ。
ちょうどよい時間になっていたため、上野さんと別れて二人で牛丼屋に入った。
「どうして嘘ついたんですか」
「何が」
澤村の顔を見返した。
「心中の線はないし、犯人は男だって分かったじゃないですか」
「それを彼女に伝えて、もし犯人にばれたらどうする。彼女も共謀の確率は0.01はあるんだ。」
「そうですけど」
「わかってないな。逃亡されたら探しようがない」
牛丼を口に運ぶ。悪びれる様子もない。
「昼食を食べ終わったら、次は恵さんと浩介さんの周辺の聞き取りと二階の探索だな」
澤村は頭をがっくしと下げた。
「また聞き取りですか。はぁ、そろそろ休憩にしません」
「いま休憩してるだろ。怪しい人物が絞り込めてきた。大柄の男性だってことだから、父か息子の知人だろう」
「まぁ、浮気相手はイケメンと決まってますから。浮気相手ではないでしょうね。会社の万年平社員は浮気相手にはならないんですよ」
「男社会に生きてるくせに何を知ってるんだか」
澤村はラーメンをすすった。
「さっき牛丼食べただろ」
「ええ、ラーメンも食べたかったので」
ズルズルとラーメンをすする。
「俺の驕りだからって調子乗りやがって」
これで澤村の機嫌がなおるならいいか。
一度かなり機嫌を損ねた時は、聴取の際のやる気のなさで、「あなたがやったんですね」と自白させて早々と家に帰ろうとした。
そんな雑な聴取あるかと怒鳴り付けたがふてくされただけだった。
「戸次さんの同僚の三井です。こっちは部下の塩崎です」
塩崎という男はペコリと頭を下げた。
「戸次さんの話はききました。ニュースでも連日取り上げられて、正直現実味はないです。
犯人は見つかっていないそうですね」
「犯人って」
思わず口からため息と一緒に声が漏れた。まだ犯人像の男のことは公表していない。
「部下にはかなり怖がられていたらしいですね」
「ええ、少し怒りっぽいところがありましたから。
家族を連れて慰安旅行があったんですが、娘に甘いのなんのって」
苦笑いする三井に塩崎は腹立たしげに目をそらした。
「仕事終わりの反省会なんて、くそ」
「もしかしたら、恨んでいる人がいるんですか」
「まぁ、何人かは。彼は営業部長だったんで、彼にリストラされた人もいますし。この塩崎みたいにしごかれた人も。
まぁ、良識のある大人なら殺人はしませんから、しかも本人だけでなく家族ごとなんて。うちの会社にはいませんよ」
そう言われたら何も言えない。
ここまで聴取した人物にはほとんどアリバイがある。
上野さんと奥さんのお母さんは一人だったのでアリバイがない。
恨んでいる人をしらみつぶしに当たるのも骨が折れる。
住宅街に監視カメラはなく、近くのコンビニにも不審な人物や車は映ってなかった。
「ご協力ありがとうございました」
俺達は恵さんの職場に向かった。
パート仲間の数人に話を聞いたが真面目で大人しいひとで、特に人と争いをすることもなく人当たりも良かったということしか得られなかった。
「収穫無しか」
「こんなに歩いたのに」
肩を落とす澤村と二件隣のアパートまで戻ってきた。
「こんにちは、ご苦労様です」
このアパートの大家である稲垣さんで、この間アパートの住民への聴取の手伝いをしてくれた。
「この間はありがとうございました」
「いいえ、良かったらお茶でもどう」
何故か若くて明るい澤村ではなく俺を気に入っているらしい。
「急ぎの仕事があるので、ご遠慮しておきます。良かったらまた」
「そう、残念」
会釈して事件現場に向かった。
「良かったですね、稲垣さんに気に入られて。また、なんて」
「うるせぇよ、お互い社交辞令だって」
ニヤニヤしている澤村が癪にさわる。稲垣さんは俺とは20くらいは歳が上だろうな。それに恐らくご家族はいる。それをわかってて言うこいつは。
家を通りすぎ一つ先の交差点にある和菓子屋には近所のことをよく知っているおばあさんがいるそうだ。
「こんにちは」
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