2 新任太守

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 帝からの処罰は、緩くはなかった。  掖幽庭は受け入れぬ、奪い返した燕雲十六州への入植をさせるという命令であった。  あとは、処刑の順である。身分の低い者から処罰し、河善、最後に河良と進め。男は斬首、女は縊首を持って死刑にせよ。  処刑の日は決まった。  例の河良のおしゃぶりこと、河善とその一味については、毎日のように、何をされた、これをされたという訴えがある。  楊碧が顔をしかめたのは、その残虐さである。  祝言を楽しみにしていた女を、年端も行かぬ娘を、夫のある女を、子のいる女を凌辱した。  河善の行いもわからなくもない。子どもの頃に売られて、好きでもない男のおしゃぶりにされたのだ。  しかし、思うのは別としても、実行に移す善悪の判断ができない。それは、すでに人ではない。  そして、それを止めず、仲間に入る者も人ではない。  ある女は必死に抵抗したが、顔に熱くなった火箸を押し付けられ、見るも無残な姿になり、首を括って死んでしまった。文字の書ける女だったらしく、河善への恨みつらみが書き連ねられ、誰の涙か、字が滲むほどであった。  河善一味が暴れて物を壊された小店主が何人も現れた。河良に苦情を言えば、店が立退を迫られることを知った上での行いである。  これらは、長安太守の権限で律に照らすこともできる。 一罰百戒  楊碧は、思案して、河良たちの悪行の訴えの期限をつけた。その中で、理由のなさそうなものを外し、理由のありそうなものを残した。  処刑が翌日に迫った日のことである。河善一味の残虐な行為の被害者を集め、言った。 「一件ずつ、拷問を許す」  牢に繋がれた河善一味には、舌を噛み切らぬように猿轡がされた。 「殺してはならぬ。一件につき、一度ずつ拷問を、行うことを許す」  ある男は、河善の尻の穴に真っ赤に焼けた小手を突っ込んだ。  ある老女は、河善の仲間の、大店の一人息子の股間を小手で焼いた。  一味は、気を失っては、水をかけられ、起こされる。男たちのうめき声に気分悪くして、もう十分だと拒否した人もいる。  目も耳も失わせてはならぬと命じられていたので、自分が誰に何をされるのかは、わかっていただろう。  河善は、鼻が削がれ、折れていた両腕両足ももがれた。  ある女は河善の腹に、「人豚」と小刀で彫った。  それを見たある男は、その仲間の長安防衛隊の隊員の顔に焼きごてを当てた。  一味の中に、四肢が全て完全な形で残った者はいない。  顔もそのままではない。  今日死ななくても、このまま放置されれば明日には死ぬだろう。  そして、彼らは、小店主らなど、河善に物を壊されたり無銭飲食をされたりした人たちと共に、河宅へ連れて行かれた。  証拠になるようなものはもうないが、それでも、なかなかのものである。  女の使用人が使っていたのだろうか、飾りも残っていた。残された男女の衣は生地も仕立ても良い。 「一人で抱えて持っていける分だけ、持って行くことを許す。これで、河良一族に対する訴えはもうならぬぞ」  そう言って許せば、人々は、それぞれようやく抱えることができる限りの物を持っていった。  中には、「あんな連中の物など、目にもしたくない」と取ろうとしない者もいた。  楊碧はその者を覚えることにした。偏屈ではあるが、清廉である。  翌朝、処刑場に連行される一行は、わざわざ河宅の前を通った。  残っているのは瓦礫だけである。  木材は見事に残っていない。  まだ師走である。薪にしようと、夜の間に関係ない人たちが取っていったのだ。  そして、見事に人豚そのものになった、河善の姿は、見る者に吐き気を催させた。 「日暮れまでに処刑せよ」  楊碧は淡々と命じ、そこで次の職務にかかった。長安防衛のための案も上がってきたところである。  横で見ていた周江は、淡々と処理をしていく楊碧に恐怖を覚えた。  結局、周江は、楊碧の従者になっていたのである。村の小僧から、太守の従者なので、大した出世である。  恐怖だけで支配することはできぬ、という楊碧の意図は、この周江を取り立てたことに体現されていた。  行儀はあまりよくない、文字も大して読めるわけではない。まして、書物など読めるわけがない。護衛としても楊碧の術がなければほとんど使いものにならない。  そんな周江であるが、この長安の、近郊に育ったのである。そこに意味があった。  河良一族が、荘園にしていた村々は、独立村にしてやった。  河良が貸し付けた借金は、元本のみを城市に納めれば良いとし、身売りをさせられた娘たちには、妓楼や売春宿に圧力をかけて解放させた。  河良が買収していた官吏は、身分と財産を剥奪された上で、長安を放逐された。
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