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下校中、何かを見つけた。黒くて小さくて何やらうごめくものだった。
熱せられたフライパンの中にでもいるようなそんなアスファルトの上で何をやっているのだろうかと、僕はゆっくりと近づいてみた。
ピンと来なかった。初めて見る光景に戸惑った。
僕が近づくと、それはバタバタと騒ぐように動きながら少しずつ離れて行った。まるで僕から逃げるように。それを見て僕は何かいけないことてもやっているような、そんな気持ちになった。
僕は、足を止めた。だが、それはまだうごめき続けている。その瞬間、頭上を交錯する影に気づいた。気づいたというよりも、気づかされたという感じだった。影は何度も何度も僕の頭の近くを飛び回った。襲われている。瞬時にそう思った。
地面をうごめくものは近くに停めてある車の下に移動した。僕は頭を地面につけるように姿勢を低くし、その場から車の下を覗き込んだ。後輪の内側に身を潜めていた。僕を気にしたのか、前輪の内側まで一生懸命に移動した。
頭上の影はすぐ近くの電線に止まっていた。二つ並んでいた。
足元にボタボタと音がした。空を見上げる間もなくザーっという大きな音と共に雨が降ってきた。大粒の雨だった。
すかさず隣のアパートの外階段の下に避難した。大丈夫なのか。濡れはしないかと気を揉んだ。
雨は勢いを増すばかりでやむ気配など全く無かった。道路は次第に雨水が溜まってゆき、アパートの駐車場も冠水して行った。
僕は慌てた。その場から車の下を覗きこもうとしたが、居場所の角度が悪く、前輪の内側付近は見えなかった。
空を見上げた。電線の影は10を超えていた。凄い雨足の中、ずっと電線に止まったままだ。どれも飛び立つ気配などは無く、背中を丸めて必死に電線を掴んでいるようだった。
タイヤは3分の1程が水に浸かった。電線の影は微動だにしない。
一時間しない位で雨が止むと、空は嘘のように真っ青になりジリジリとした陽射しが戻ってきた。溜まった水も徐々に引いていく。
電線上の複数の影が頭上を飛んではまた電線に止まった。それを何度か繰り返していた。
僕は、溜まった水の引き具合を見て階段の下から出た。驚かさないように静かに忍び寄った。濡れた地面に頬がつくようにかがみ込み、前輪の内側を見ようと思った。心臓が強く打ち始め、顔が火照っているのが自分でも分かった。
だが、何もうごめいては居なかった。反対側の前輪の内側も、両方の後輪の内側も確認したが、何処にも居なかった。車の周りを丹念に探したが、そこにも居なかった。
電線の影は2つに減っていた。最初に居た2羽なのだろうと、僕はそう感じた。
とうに雨は上がっていたが、その場を離れる気にはなれなかった。
そう言えば、駐車場脇の木の枝葉の中にツバメが出たり入ったりしていたのを見たことがある。僕は、その木を呆然と眺め、そして電線に視線を移した。あの2羽の姿はもう無かった。
水滴が頬をつたった。髪から流れ落ちる雨水でないことは分かっている。
僕は、幾度も電線を振り返りながら帰路についた。足取りがひどく重かった。
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