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――最後に数行、付け足してもいいだろうか。
頭ではこの事務的なメールには相応しくないと分かっていても、手は動くだろう。ティムは正しい。夕立は、心も遠い何処かへ運ぶのだ。
風に乗って流れてくる、土が湿ったあの匂い。
天を裂く稲妻。窓を震わせる雷鳴。屋根と地面を叩く雨の音。
すっかり雨が上がって、夕陽が沈んだあとのすっきりとした空にきらり輝く一番星。
夏はこれ、といって夕立の中海パン一丁になって、頭を洗い出す祖父。
諦め顔でバスタオルを準備して待っている祖母。
「追伸。
私事ですが、たまたま祖父が科学雑誌に投稿した短文がこのような形になり、私としても感無量です。あの水滴落下のあと、無性に地上が恋しくなりました。早く本物の夕立を浴びたいものです」
送信、をぽちっと押した背中に、またティムが話しかけた。
「お亡くなりになったお祖父さまもお祖母さまも、お喜びでしょう」
「……ふたりとも生きてるよ」
ティムの指がパネルの隅を指さした。「だって、いつもそこに大事そうに家族写真貼ってあるから、てっきり。……あれ?」
「うん。今の騒ぎでどこかの隙間に落ちた。まあ、オリジナルは別にあるからいいんだけど」
「時空を旅したんじゃないですか? この実験、たまに周囲に影響あるらしいじゃないですか」
「まさか」遠藤は首にかけていたタオルでもう一度顔を拭った。「……かもね」
それから、タオルを首から外すと、ティムの鼻歌に合わせてパネルを拭き始めた。
ふんふんふんふ、ふーんふんふん。
ふんふんふ、ふふうーん。
後ろの鼻歌はいつの間にか、八代亜紀の「雨の慕情」に変わったようだ。
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