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 目の前のパネルに灯っていた赤いエラーランプがやっと消えた。 「テキスト送信ならできるようになりました」というサブリーダーのティム・サイクスの言葉に、濡れた椅子に腰掛けたその男は、首にかけていたタオルで顔を拭うとキーボードを叩き始めた。 「カリフォルニア工科大学  エンジニアリング・応用科学科 物質転移研究室  アリソン・D・ロバーツ博士  報告が遅くなり申し訳ありません。  そちらが送った野球ボール、無事にこちらのポッドに現れました。サインもしっかり入っています。  地球―月間の物質転移は無事成功です。  積乱雲中に発生する時空チューブを実験室で再現し、物質転移装置として制御するという技術は、今後の遠距離輸送に大きな革命をもたらすことでしょう。  ただ、若干の問題点が見つかりましたので、お知らせいたします。  野球ボールが現れた瞬間、当モジュール内の天井から、一瞬ではありますが、激しい水滴の落下が発生いたしました。原因は不明です。  全員モップと雑巾を手に、水の除去作業に取り組んでいるところです。幸い、電気系統のショートは26か所で済み、修理ロボットが鋭意復旧に取り組んでおります。生命維持装置には問題ありません。  地上での実験の際は、同様の現象は起きたとの報告は聞いておりませんので、月という場所がファクターXかもしれません。  詳しくは後程。  月面地下実験モジュール  マネジメントリーダー  遠藤航輝」  ため息をひとつついて、翻訳後送信、を見届け、ぴたりと肌にはりつくシャツの感触にまた顔を歪めた遠藤に、ティムが声をかけた。 「いやあ、月で夕立に遭ったのって、私たちくらいですよねえ」
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