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念のため、と三角表示板を置いてびしょ濡れで運転席に飛び込んだ淳一に、恵莉は気休めとは思ったけれど、それしかないハンカチを差し出した。
「走ってる車に雷が落ちるって、よくあること?」
淳一はハンカチと自分のネイビーのTシャツの裾で顔を拭いながら答えた。
「めったにないです。……なんか、すみません」
「淳一君のせいじゃないでしょ」
返されたハンカチを、恵莉はダッシュボードの上に広げた。
海のような、青のグラデーション。お気に入りの一枚。今日は頭の先から靴の先まで、お気に入りでまとめてきた。
隣で、四つ下の男は濡れた髪のまま、窓をつたう雨を眺めている。
――髪、まだ濡れてるよ。拭いてあげよっか。
――そんな。大丈夫ですって。
――いいから。
――恵莉さん……。
ヒャーホウッ!
妄想劇場にひたる恵莉の傍らで、淳一がスマホを取り出した。
「音楽でも聞きます? この音楽サイト、『今日のあなたへの一曲』が無料のランダムガチャで引けるんです。今日は何だろ」
切ない雨の歌が、湿った車内に響いた。
「これ……今かあ」
「まあ、嫌いじゃないけどね」
そう言いながら、恵莉は思った。
――どうして私は今ここで、八代亜紀の「雨の慕情」を聞いているんだろう。
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