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テレビ局のお天気担当として新しく採用された気象予報士が、顔合わせのあと笑顔で近づいてきて言った。「覚えてます? 俺のこと」
「えーと。あーと。遠藤。あー。……すみません」
しょんぼり顔の海パン・マシュマロ。目の前でしゅっと立つスーツ姿の遠藤淳一。
カエルだってもう少し跡形を残して変態するわ、と口を半開きにし、そしてあの日とは違う明るい顔の淳一に、恵莉も笑顔になった。
そして、元海パン・マシュマロ、現坂口健太郎似の男は言った。「恵莉さん、何で通ってます? バス? 俺、車なんで、スケジュール同じ日は送りますよ。だって、近所でしょ」
アラサー恵莉の心にくすぐったい羽根が舞った。
くすぐったい羽根は、すぐにちりちりと燃える火に変わった。
けれど、その火は薪をくべられることも消されることもないまま、二か月が経つ。
何かが始まるのか、もう始まっているのか曖昧なまま、二か月。
確かめる勇気もないまま、二か月。
同僚の女子の間では「え? 付き合ってない? 何も言われてないの? え? その雰囲気、てっきり付き合ってるかと。で、どうすんの?」と給湯室の話題作りに貢献して二か月。
「今度の休み、三本木のひまわり畑、見に行きましょうよ」と誘われて、今は曇ったガラスに閉じ込められ、八代亜紀の響く車の中。
窓についたくもりを手できゅっと撫でた恵莉の耳に、友達からの「忠告」が囁く。
――暇なときに誘えばのってくる、都合いい女にされるとこじゃないの?
不快指数がまた、高くなる。
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