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 ふいに、フロントガラスに打ち付ける音がパチパチと固く変わった。 「わあ。(ひょう)、降って来た」  淳一はどんよりとした恵莉とは対照的な、きらきらとした目になった。 「実は、こんな天気のとき期待してることがひとつ、あるんです。これ、誰にも言ったことないんですけど。聞いてもらえます?」  そして彼は音楽を切ると、「夕立のとき降って来るのは、水だけじゃないんです」と話しはじめた。 「……で、極め付き。農作業中ひどい雷雨に遭って、避難した納屋に雷が直撃した農夫がいたんです。今日の俺たちみたいに。アメリカ、だったかな。雨が止んで、その農夫が外に出てみると、雨上がりの空から何かがぽとんと落ちてきた。拾ってびっくり。ずっと前に旅行先で失くしたと思っていた、自分のパスポートだった、という。不思議ですよねえ」  淳一はふたたび雨に変わってフロントガラスを流れていく水を、夢見るような顔で眺めながら言った。 「恵莉さん、おっかしいなー、ここに置いたはずなんだけどなー、っていうもの、ないですか」  話しかけられて、とけかかっていた恵莉の頭が息を吹き返した。 「あー。あるある。大事なことをメモした紙とか」 「靴下のかたっぽう」 「うち、ティースプーン消滅率高い」 「自転車の鍵」 「消しゴム」 「冷凍庫の半分残してたアイス」 「それは誰かに食べられたんでしょ」 「まあ、単純にうっかり、のことがほとんどだと思うんですけど。でも、もしかしたら、上空を通過したかみなり雲がひゅっと持ってっちゃって、どこか遠くの国や、別の時代の砂浜や草原にひらひらと落ちて、誰にも気づかれないまま朽ち果てているのかも。そして、時には持ち主や身内のところへ戻って来る、のかも」 「どういうこと?」  雨は小止みになり、フロントガラスの視界が開けた。淳一はハンドルにもたれて、空を見上げた。  雲間に巨大な積乱雲が見えた。  雲は底の方から朱鷺(とき)色に染まりはじめ、てっぺんを金床にして高くそびえている。その雲の中で一度、稲光が白く閃いた。
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