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とうとう、奴らは城まで攻めてきた。
俺は震えていた。剣戟の音や、魔物たちの断末魔は、いまやこの部屋にも届いていた。
こんな状況なのに、黒豹はいまだに同じことを繰り返している。テーブルの上のお茶。俺と、魔王様の分。
魔王様はどうしているんだろう。どうしても気になって、俺は扉を押してみた。
開いた。
魔王様の魔法が溶けた。
どうしてだろう。俺を逃がすため? でも、俺ひとりじゃ逃げられない。
いま、戦況はどうなっているんだろう。
魔王様はどこ?
俺はどうしたらいいんだろう。
眠い。
ずいぶん長く魔王様の血を飲んでいないからだ。手も足も頼りなくて、いまにも崩れ落ちてしまいそう。
俺は扉をすり抜けて、歩き出した。なんとか進む。魔王様のいる方。わかる。感じる。最後の最後に、俺の身体はやっと俺の願いをわかってくれたみたいだった。
城が燃えている。
魔王様はどこ?
本能に従って行くと、人ひとりがやっとの細い通路に入った。しばらく進んで、屈んでしか通れない小さな扉を開けると、広い部屋の隅に出た。
ここは謁見の間だ。ゲームでの、最終決戦の場。
俺も最後までプレイしたんだ。ラスボス戦だというのに、魔王を倒すのはあまり難しくなかった。あっけないなあ、ゲームバランスおかしいんじゃないの、なんて、思ったっけ。
もしも俺があのゲームをプレイしていなかったら、俺の物語の結末も違っていたんだろうか。
主人公たちがいる。その向こう側に、魔王様。彼は傷ついて、苦しげな呼吸を繰り返していた。
助けなきゃ。なんとかしなきゃ。そう思うのに、足が動かない。怖いんだ。ここまで来たからには、主人公たちが充分強いことを俺は知っている。俺なんか敵うわけがない。なんの力もないんだから。
怯えて何もできない俺に、ふと魔王様が視線を投げた。その瞳が、一瞬大きく見開かれた。
なぜ逃げなかったんだと、彼は思ったのかもしれない。なんの役にも立たないくせに、なぜ来たのかと。
主人公が剣を構えて、走った。
魔王様はそれを見たが、何もしなかった。黙って全部受け入れたみたいだった。
血しぶきが飛んだ。
いままで俺を生かしてくれていた、魔王様の血。
その瞬間、俺は恐怖も無力感もすべて忘れて、絶叫しながら魔王様に駆け寄った。
「魔王様! いやだ、いやだ、魔王様! いやだ!」
ばかみたいだ。
俺は彼を抱き止めた。血が。血がどんどん溢れてくる。俺は飢えている。でも、この血は飲めない。
魔王様は何も言わなかった。この期に及んでも、何も。ただ俺の手を握った。振りほどけないほどに強く。死にゆく者とは思えないほどの力で。
繋いだ手から、何かが俺の中に流れ込む。
俺にはわかった。わかってしまった。魔王様は自分の生命を俺に渡そうとしている。俺が彼の血によってしか生きられないから、今度は血ではなく生命そのものを俺にくれようとしている。
「だめ!」
俺は必死で彼を離そうとした。
できなかった。
魔王様は最後に薄く微笑んで、瞼を閉じた。
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