ゲームの世界に転生したので、魔王様を救いたかった

4/13
前へ
/13ページ
次へ
 長く眠っていた。  次に瞼を開けると、傍に魔王がいた。  彼は長い指を俺の唇に触れた。何かが口の中に滴ってくる。 「飲め」  低く落ち着いた、艶のある声が言った。  俺はおとなしく口を開けた。魔王に逆らったらきっと殺される。俺は死にたくない。もう(・・)死にたくない。  魔王が俺に与えたもの。さびた鉄の味。  血だ。  気持ち悪い。ちょっと吐きそうになった。だけどその一方で、舐めるのもやめられなかった。それが、俺の渇きを癒してくれる気がして。  俺はまた眠った。それから何度も、眠って、目が覚めて、魔王の血を舐めて、眠った。  どのくらいそれが繰り返されたんだろう。俺の感覚では何か月も経ったみたいだった。同じ日が何日も何日も繰り返されるから、日にちの感覚が狂っている。  俺の精神が狂っているのかもしれないけれど。  ある日目覚めると、魔王がベッドに腰かけていた。深紅の瞳がきらめいている。  ゲームではなんて書いてあったっけ……? 確か、「その瞳を覗き込んだ者は、ひとり残らず震え上がった」。でも、俺は怖くない。  彼は俺に危害を加えたりしない。どうしてかわからないけれど、わかる。  魔王は言った。 「傷は癒えた」  言われてみれば、もうどこも痛くない。 「魔王……様? 俺を助けてくれたんですか? どうして?」  俺の喉は潰れてしまったらしい。ごろごろしたダミ声が出た。  魔王がかたちのいい眉をひそめる。声だけ治らなかったことを、不愉快に思ったのかもしれない。  彼は俺が自分を知っていることには疑問はないらしい。この世界では誰もが魔王を知っているんだ。 「どうして俺を助けたんですか?」  俺は重ねて尋ねた。知りたかったから。だって、ゲームの中の魔王は「冷酷無比な魔物の王」であって、人助けなんてするはずないんだ。  魔王は真っ直ぐ俺を見つめた。 「渡りびとは(まれ)だ」 「渡りびと?」 「お前は遠くから来た」  魔王が言っているのは、俺が現実世界から来たということだろうか。そういう人間をこの世界では「渡りびと」と呼ぶようだ。  だけど、そんな設定、俺が知っているあのゲームにはなかった。  それに、ここはどこだろう? 城のように見えるけれど、俺たちのほかには生きものの気配がない。  訊きたいことはほかにもたくさんあった。彼は俺をどうするつもりなのか。どうすれば元の世界に帰れるのか。それに、服はどうしたらいい? 食糧はあるの?  魔王は窓を見上げた。 「私は戻る。何かあれば、小間使いに」 「えっ? あの」  止める暇はなかった。魔王は幻のように姿を消して、行ってしまった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加