33人が本棚に入れています
本棚に追加
小間使いは、二足歩行の黒豹だった。
人間の世話なんてできるんだろうかと心配する俺に、黒豹は食事を出し、どこからか衣服を持ってきて、あたたかいお茶まで淹れてみせた。
服は、なんていうか、薄い。ギリシャの衣装みたいだ。ただし、女の人の。魔王様の趣味だろうか。
そうだ。俺はいつの間にか、魔王を「魔王様」と敬称つきで考えるようになっていた。助けてもらったからだろう。この世界では恐ろしい魔物だけれど、いまのところ、俺には生命の恩人みたいだ。
俺はほとんど部屋で過ごしている。一日の大半を眠っていて、たまに起きて食事をとる。一日一回も食べればいい方。量も現実世界にいた頃よりずっと少ない。腹が減らないんだ。その代わり、喉が渇く。喉が渇いてくると、身体が怠くなって、起き上がれなくなる。
俺が起き上がれなくなった頃に、魔王様はやってくる。彼のすることはいつも同じ。指先に細い傷をつけて、俺に血を舐めさせる。
俺は魔王様の血によって生きているんだ。あの時、俺は人間としては死んだんだろう。魔王様に血を与えられて、魔物としてよみがえったんじゃないか。
魔王様はなんにも説明してくれないから、本当のところはわからない。でも、かなり正解に近い推測だろう。
渡りびと同様、この設定も俺は知らない。それともこれは、ゲームそのままではない歪んだ世界なんだろうか。そもそも俺が存在すること自体おかしいわけで、つまり、俺の存在がこの世界に歪みを生んだんだろうか。
わからない。
不思議なことに、魔王様は俺に何も要求しなかった。一緒にお茶を飲むことはあっても、それだけ。触らない。ベッドにも誘わない。
魔王様は無口だった。とにかく必要なことしか喋らない。いきおい俺もお喋りは控えて、ただ隣に座っているだけのことが多い。
黙っている魔王様と、黙っている俺と、黙って傍に控えている黒豹と。
奇妙な暮らしだった。
最初のコメントを投稿しよう!