ゲームの世界に転生したので、魔王様を救いたかった

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 嫌な兆しが見え始めたのは、それから何か月か――ことによると、何年か経った後だった。  テラスに出て外を見ていると、遠くで煙が上がっていた。不安になる灰色が、青い空に揺れている。それは日に日にこちらに近づいてくるようだった。  魔王様はなかなか来なくなった。彼の血がないと生きられない俺は、次第にベッドから離れられなくなってきた。  この不穏がなんなのか、俺は知っている。  主人公だ。女神の啓示を受けて、魔王様を倒すべく進軍してきているんだ。その主人公は俺じゃない。どこかの誰か、もしかしたら俺みたいな渡りびとなのかもしれない。主人公は村人か誰か人間に拾われて、俺は魔王様に拾われたのだとしたら、運命とかいう不確かなものってそういうことなんだろうかと思う。  俺は眠ってばかりいる。前よりも、ずっと。  ある時、魔王様が来た。彼は出会った日のように俺を抱き上げた。 「どこへ……、行くんですか?」  答えは得られなかった。魔王様は俺を抱いて飛んだ。漆黒の旗がたなびく、黒曜石の城が見えてきた。ゲーム内でそういうふうに描写されているんだ。魔王様の城。魔物の本拠地。  魔王様は、俺を前の城に置いておくよりも、自分の傍にいさせる方がまだ安全だと判断したんだろう。あの城にかかっていた隠れる魔法も、主人公には有効じゃないんだ。  魔王様の部屋で、俺は血を与えられた。抱擁も。  これが、最後なのかもしれない。  俺は結末を知っている。ストーリーは一本道。古くさくて退屈な、王道すぎる物語。魔王は死んで、主人公が世界の平和を取り戻す。それを阻止したいと思っても、俺にはできることがない。 「ふたりで逃げませんか」  俺は魔王様にそう言ってみた。彼はちょっと不快そうな顔をするだけで、何も答えなかった。もちろん、そんな選択肢なんてないんだ。  黒豹もいた。この黒豹は恐怖も終末の予感も感じないらしく、ひたすら同じことを繰り返している。
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