9人が本棚に入れています
本棚に追加
1
春の朝、ターミナルの駅舎が膨らんだようだった。改札からロータリーへ、スーツ姿の男女が一斉に吐き出される。黒っぽい人波が、大通りからビルの合間、小道へと分かれ、血液が毛細血管に流れこむように、街に広がっていく。
きれいなタイルで舗装された歩道から、白亜のビルを、前橋いつきは見上げた。青空の中に、「アカツキ製薬」の文字が屋上に踊る。社名の前には、白地に水色で描かれた天秤秤のマーク。
ーー天びん秤。ここでいいんだよね。
いつきはショルダーバックに手を当てた。中のスマホを開けば、あの人からのメッセージを見ることができる。
あなたの言葉を支えに、ここまで辿りついた。何があっても平気。死ぬほど辛くても頑張れる。
いつきは、通行人の視線を感じた。そんなに目立つかな。お気に入りの服を、モチベーションをあげようと着てみた。さあ、今日も「会社の仕事」というものを始めましょう。
いつきは、颯爽と白いビルへ入っていった。
最初のコメントを投稿しよう!